お茶作りの原理原則。「芯水」をいかにきれいに抜くか「和紅茶」
【熊本】 中田英寿のクラフト生産者を巡る旅#05
2026.10.08
text by Kyoko Kita
和紅茶を目にする機会が増えました。いまや、緑茶と並行して紅茶づくりを手がける生産者は珍しくありません。では、各地の和紅茶の担い手たちはどこを見据え、どんな味わいを探っているのでしょう。
熊本県芦北町の茶園「お茶のカジハラ」梶原敏弘さんは、釜炒り茶で培った技術をもとに、2009年に紅茶製造の試作を始め、2022年ロンドンの国際コンテストでベストインショーを受賞しました。萎凋の温度調整、乾燥の段階的な水抜きといった細やかな工程、そしてもっとも重視するのは茶葉の状態を五感で感じ取る、作り手の感覚です。
梶原さんのもとを、中田英寿さんが訪ねました。
目次
工程は数値化しない
この辺りでは、昔はどの家も小さな茶畑を持っていて、自分たちで炒ってお茶を作っていたんですよ。今も、民家や畑の周りにポツポツとお茶の木が植わっています。それぞれの家庭で手作りでやっていた製茶を集約したのが「お茶のカジハラ」の始まりです。以来80年、細々と釜炒り茶の製茶工場を営んできました。
昔は忙しくてよかったんですけれどね。釜炒りしかやってこなかったので、蒸して作る緑茶が主流になると釜炒り茶の市場価格は低迷し委託加工の茶葉を持ち込む農家が減り、ペットボトルのお茶も普及するにつれて、経営は苦しくなりました。
3代目を継いで、何とかしなければと試行錯誤する中で始めたのが和紅茶の製造です。といっても最初は、発酵させれば紅茶、紅くなれば紅茶、という程度の認識しかありませんでした。それで、知り合いの勧めもあって、中国や台湾の茶農家に泊りがけで研修に行かせてもらったのです。
驚いたのは、中国や台湾のお茶づくりは、乾燥時の温度以外ほぼ数値化されていないことでした。日本でいう「何度で何分」という基準がほぼないんですね。香り、手触り、見た目、味・・・すべてを人の五感で作っていく。茶葉の品種や状態、さらにはその日の気温や湿度によっても、一つ一つの工程にかける時間が変わってきます。
「芯水」をいかにきれいに抜くか
ただし原理原則は同じ、どんなお茶(種)でも変わらないと教わりました。それは、「芯水をいかにきれいに抜くか」ということです。ただ乾燥させればよいわけではないし、水分を抜き切ればよいわけでもない。芯水をきれいに抜けば、雑味が残らないのだと。彼らに教わったことは、今の紅茶、釜炒り茶づくりのベースになっています。
摘み取り後、最初に行う「萎凋(いちょう)」という工程で使う装置は、台湾で見たものを参考に自作しました。午後に摘んだ生葉を入れて、一晩、下から風を当てて萎れさせるのですが、均一に水分が抜けるよう、夜の間に2~3回、上下を入れ替えるようにしています。
その後の「揉捻(じゅうねん)」も、いきなり強い圧をかけるのではなく、芯水をじっくり押し出すようなイメージで徐々に力を強くして揉んでいきます。葉の香り、手触り、見た目に加え、必要に応じて湯を注いだ際の味まで確かめながら、酵素酸化の到達点を見極めます。
そのあとの「乾燥」も3段階でゆっくりゆっくり行います。最初は70度くらいで発酵を止めて、次は7割くらいまで乾燥させる。そして最後は温度を上げてしっかり乾燥させる。葉の内部に残る水分を表面へ徐々に移動させながら段階的に芯水を抜いていくのです。
一般的には一台の機械で済ませることが多いようですが、うちでは機械を分けています。取り出しては移すことで温度が下がり、中からじわっと水分が出てくるんですよね。時短や効率を優先すると絶対に失敗する。何でも一緒だと思いますね。
烏龍茶の場合は、太陽の下で行う日干萎凋(にっかんいちょう)で風を送らずに一晩かけてじわじわ発酵を進めて、揉む前に釜で火を入れて発酵を止めます。狙った香りに達した瞬間、高温の釜で炒ることで発酵酵素を失活させます。
生の茶葉はいつも100点
目指しているのは、クリアで雑味がなく、香り豊かで、適度な渋味と深みのあるお茶です。和紅茶は渋味が少なくマイルドで飲みやすいのが特徴と言われますが、海外ではある程度の渋味=ボディも求められます。一方で、最近は国内で和紅茶マニアのお客様も増えていて、品種の個性が際立ったお茶も人気です。
ただ、お茶は嗜好品なので、自分がおいしいって思ったのがその人にとって多分一番おいしいお茶なんだと思っています。
現在、うちの畑では緑茶用、紅茶用、烏龍茶用、山茶と呼んでいる在来のものとをあわせて10品種を栽培しています。在来種は際立った特徴があるわけではないですが、昔懐かしい味、まろやかで渋味が少ない。すべて無農薬で、有機の肥料も必要最低限。品種、畑の場所、季節ごとに異なる茶葉の香りや味わいを最大限に引き出すよう心掛けています。
私は、摘んだ生の状態の茶葉が100点だと思っています。製品にする時に、70点になったり、60点になったり。茶葉のクラスはいろいろあっても生の葉はいつも100点。その100を引き出す技術が、お茶づくりだと思っています。
小規模なので、他所と競うというよりは、これからは自分のところでしかできないものを作っていきたいです。手摘み・手揉みして、加工も手間暇かけて作る特別な商品も少しだけ作っています。4代目になる息子は、ハーブティーやフレーバーティーなど新商品の開発にも力を入れています。
気候条件は毎年のように変わりますし、豪雨、干ばつやら地震やら自然災害も頻発する中で安定した商品を作っていくのはなかなか難しいのですが、真摯にお茶に向き合い、お客様の期待に応えられるよう、これからもがんばっていきたいと思います。
和紅茶は、まだ面白くなりそうです(中田)
世界的な抹茶ブームの勢いは止まらず、今年上期も輸出額は前年を上回り、2年連続で過去最高を更新しています。原料となるてん茶の栽培にシフトし、抹茶バブルの恩恵を受けている農家がある一方で、設備投資の難しい中小規模の農家は、長らく続く煎茶の需要低迷により、変わらず厳しい状況が続いています。
活路を模索する中で、緑茶だけでなく和紅茶や烏龍茶を手掛ける生産者が増え、市場での認知も広がってきました。特に和紅茶は、茶葉をしっかり発酵させるため、酸化途中で制御する烏龍茶に比べれば取り組みやすい面があり、これも普及の背景にあると思います。
また、緑茶は旨味の高さが評価されるため、高値で取り引きされるのは一番茶ですが、紅茶ならば、いわゆる“セカンドフラッシュ”として二番茶ならではの力強さや渋味を生かし、付加価値をつけて売ることができます。梶原さんが2022年のイギリスのティー・コンペ「The Leafies」で「Best in Show」を受賞したのも「夏摘み べにふうき」でした。
もっとも、狙った香りや味わいをつくるには、栽培から加工まで細かな設計が欠かせません。和紅茶全体のレベルが上がってきた今、問われるのは、何をつくるかではなく、どんな香りと味わいを目指すのかでしょう。日本の市場で勝負するのか、世界を狙うのか。目指す場所によって、使う品種も、製法も、選ぶ味の輪郭も変わってきます。独自性を追求し、在来種を生かそうという動きもありますね。
ワインと同じくお茶にもテロワールが映し出されます。品種や摘み取り時期、加工方法はもとより、畑の立地や気候条件による違い、そして土づくりからも味わいに関わります。生産者ができることはまだまだたくさんある。和紅茶はこれからもっと多様に、面白くなっていくと思います。
◎お茶のカジハラ
熊本県葦北郡芦北町大字告844
☎0966-84-0608
https://kajihara-chachacha.com/
【連載】中田英寿のクラフト生産者を巡る旅
中田英寿(なかた・ひでとし)
1977年生まれ。山梨県甲府市出身。元サッカー日本代表。引退後、2009年より16年以上にわたり全国47都道府県を旅し、2015年に日本の文化や伝統産業に革新をもたらし、未来へつなげるために「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。日本酒を始めとし、日本茶や工芸など日本文化の市場拡大に貢献するほか、地域の知られざる魅力を丁寧に伝えるウェブマガジン「NIHONMONO(にほんもの)」やポッドキャスト「NIHONMONO ~中田英寿 『にほん』の『ほんもの』を巡る旅〜」などで、日本文化を国内外に発信する活動を続ける。
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