カリブ海諸島の食文化をガストロノミーに昇華。パリで唯一のアンティル料理店
France [Paris]
2026.04.27
text by Sakurako Uozumi
ランビ貝の殻の中に本マグロのタルタルを忍ばせて。キャッサバのタルトを土台に、ココナッツミルクのムース、ランビ貝のムースとタルタル、燻製風味のカシューナッツを重ねた。ランビ貝特有の弾力ある食感とほのかな甘味を、海の香りとともに閉じ込めている。photograph by LA FEE COMET
様々な国籍の料理人が活躍する今のパリで、カリブ海アンティル諸島に残るフランス海外県出身のシェフが開いた店が、ガストロノミー界に新しい風を吹き込んでいる。2023年、パリ17区テルヌ界隈に開店した「ルリッシュ(Leriche)」だ。
海外県グアドループ出身のシェフ、ジャン=ロニ・ルリッシュ(Jean-Rony Leriche)は、化学の学位を持つ元プロバスケットボール選手。父から学んだ農学的知見と家伝のレシピを基盤に、フランスの星付きレストランで料理の腕を磨いた異色の経歴の持ち主だ。
この店の軸となるがカリブ伝統の燻製法「ブカナージュ(燻製焼き)」だ。専用のオーブンで、表面を高温で一気に焼き締めた後、サトウキビの搾りかすや薪を燃料に、ほのかに甘い香りの煙をまとわせる。表面はきゅっと締まり、内部には肉汁が閉じ込められる。魚は繊維が締まる寸前で火を止め、余熱で芯温を整える。「高温多湿なアンティル諸島では、肉を守り、日持ちさせるためにこの技法が用いられてきました」とルリッシュ。
素材を焼く前にマリネして甘味と塩味のバランスを繊細に整え、焼き上げた時に表面がほのかにキャラメリゼするよう仕立てる。その甘いニュアンスが燻香と溶け合い、アンティル料理特有の香りが生まれる。香ばしく焼けた肉や魚のほろ苦さ、甘い燻香、スパイスの風味が幾層にも重なり、後味は意外なほど軽やかだ。
彼が目指すのは、確かな技術に裏打ちされたガストロノミーへと昇華することで、アンティル料理を固定観念から解き放たれた体験として提示することだ。
「アンティル料理を初めて食べるお客さまも多く、“こんなに味わい深い料理があるのか”と驚かれます。フランスで比較的知られているのは、アクラやブーダン、コロンボくらいですが、それだけではありません。アンティルの料理は、フランスとカリブ諸島の文化が交わって生まれたもの。ヨーロッパ、アフリカ、アジア、インド、そしてアメリカ大陸の食文化が重なり合い、“カリブ”という混交の料理が形づくられてきました。その魅力をガストロノミーのコースとして少し洗練した形で示し、多くの人に発見してもらいたいと思っています」
すべての皿は栄養士と協働して考案される。果実や野菜を大胆に取り入れながら脂質を抑え、軽やかな構成に整えるためだ。揚げ物中心という既存の印象を覆し、味わいの均衡を重んじる料理へ。ルリッシュの登場によって、アンティル料理は、もはやバカンス先の郷愁の味ではない。土地の記憶を携えながら、現代のガストロノミーの舞台へと歩み出している。
◎Leriche restaurant
16 rue Brey,75017 Paris, France
12:30〜14:00、19:30〜21:00
日曜、月曜休
ランチ 2皿39ユーロ、3皿49ユーロ、10歳以下3皿29ユーロ
ディナー 7皿79ユーロ、10歳以下4皿39ユーロ
*1ユーロ=183円(2026年4月時点)