HOME 〉

JOURNAL / 世界の食トレンド

江戸前の仕事とペルーの風味が融合。NYで成熟するすしカルチャー

Ameica [New York]

2025.07.22

江戸前の仕事とペルーの風味が融合。NYで成熟するすしカルチャー

text by Akiko Katayama
「カンシャ」のオーナーシェフ、ホルヘ・ディオニシオ氏。富裕層が多いアッパー・イーストサイドに開店。近隣住民の他、質の高い食体験を求めるミレニアル、Z世代まで、幅広い客層が来店する。ちなみに白衣の“ジョージ”は、日本で短期修業した際のニックネームだそう。

1990年代から急速に高まったすし人気は、米国の食文化としてすっかり定着。近年は日本人以外の優れたすし職人も目立つ。
2025年3月、マンハッタンにオープンした江戸前すし店「カンシャ(Kansha)」のオーナーシェフ、ホルヘ・ディオニシオ氏もその1人だ。店名は「これまで師に仰いだすし職人への想いから」命名したという。

ペルー出身で、首都リマで味わったすしの魅力に惹かれて2002年に渡米。すしブームが高まる中、「ウチ」「モリモト」「オーヤ」「スシ・ノズ」など全米屈指の店に加えて、ニューヨークの会席料理店「ヒロヒサ」などで和食への見識を深めた。さらに農林水産省が支援する「国際すし知識認証協会」の黒帯認定も受けている。

「修業を通じて規律、緻密さ、食材への畏敬といった価値観を知りました。すしの真髄は技術に限らず、タネの産地から扱い方、優れた品質をどうしたら最高の形でお客様にお伝えできるか。静かな心で食材に向かい合う、瞑想に近いような謙虚な姿勢が要されると思います」

すしの精神性まで理解した発言に、米国でのすし文化の成熟を感じる。

江戸前すし店「カンシャ(Kansha)」店内
1階ではアラカルトを、2階のカウンター席ではおまかせを提供。ヒノキのカウンターに敷いた、伝統的なアンデス地方の織物のテーブルマットが同店のテーマを象徴する。

一方で、ディオニシオ氏は母国の味の表現も磨いてきた。2024年版「世界のベストレストラン50」で5位に輝いた、ペルーのニッケイ料理店「マイド」での短期修業を通し、「日系移民が生み出したペルーと日本の折衷料理を学び、異なる食文化でも融合できると実感しました。ペルー料理の魅力は新鮮なハーブや唐辛子、柑橘類などが与える生き生きとした風味と温かさ。そのペルーらしさを、江戸前の繊細な仕事とバランスを取りながら表現した料理もぜひ味わってほしい」

真鯛のセビーチェ
おまかせの前菜の一品「真鯛のセビーチェ」。おまかせは前菜6品、江戸前握り12品、赤だしとデザートの構成で145ドル。器はすべて、ディオニシオ氏が自店の開店を夢見て長年日本で集めてきたものだそう。

メニューはアラカルトとおまかせの2本立て。例えば、おまかせの前菜「真鯛のセビーチェ」は、伝統的なセビーチェに使う唐辛子の代わりに、ほのかな辛味のシシトウを使用。器の底にはクリーミーなアボカドを潜ませる。

続く握りは、新潟米と赤酢を使った酢飯に、江戸前の仕事を施した魚と王道のスタイル。しかし、時折氏の創意が顔を覗かせ、例えば昆布締めにした北海道産ホタテは、穏やかな風味のスペイン産オリーブ油、レモンの皮と大粒の海塩を仕上げに加えて、貝の甘味を引き立てる。

アラカルトはオリジナルのニッケイ料理を提供
アラカルトでは、ペルースタイルの刺身「ティラディート」はもちろん、ペルー産の黄色い唐辛子「アヒ・アマリージョ」風味のソースを添えた銀ダラ味噌漬けの備長炭焼きなど、オリジナルのニッケイ料理を提供。約50品を用意する(各7~65ドル)。

「どんなに江戸前すしを極める努力をしても、日本人ではない自分がお客様の信頼を得るのは容易なことではありませんが、この仕事から得る充実感は何にも代えられません。日本人でないからこそ、何を生み出してすしの伝統に貢献できるかを日々考えます」
そう話す氏は今後、かつて自らの師が多くを与えてくれたように、自分に続くすし職人を育てていきたいという。


Kansha
1312 Madison Ave, New York, NY 10128
☎+1-646-833-7033
17:00~22:00
www.kanshanyc.com

*1ドル=144円(2025年7月時点)

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。