ミシュランスターシェフ12人がタイの食材を24時間で解釈する即興ディナー
Thai [Bangkok]
2026.10.22
text by Rie Suzuki / photograph by WeAreFactory.it
ティム・ゴルステイン氏が手掛けたタイ産の食材にフォーカスした一品。「バイチャクラム、セルタスのサラダ、ジャスミンライス、タイバジル(Bai Chakram、Celtuce salad、Jasmine rice、Thai basil)」。バイチャクラムはマングローブや塩田周辺に自生する植物で、一般的には柔らかな若葉の部分を茹でて食すが、ここではシロップに漬け込んだり、フレッシュな状態で用いている。セルタスはレタスの一種で、肉厚の茎の外皮を剥き芯のみずみずしい歯応えを楽しむ。ココナッツミルクで炊いたジャスミンライスのシャーベットや、タイバジルとバイマックルーのヴィネグレットソースなど、様々な食感や香りを感じられる一皿に。
世界で活躍するシェフが集う「ディナー・インクレディブル(Dinner Incredible)」が、2026年6月、バンコクで開催された。イベントのモットーは「グローバルに料理し、地元食材を食べる(Play global, eat local)」。10回目に当たる今回は、ミシュラン星付きシェフ12人が集い、開催地タイの食材を使った12皿のコースを披露した。
ファウンダーで料理人でもあるジョルジオ・ディアーナ(Giorgio Diana)氏が、毎回異なる仕掛けを考案するのもこのイベントの特徴だ。今回はディナーのわずか24時間前に、12人のシェフそれぞれに使用する地元産食材2種類が伝えられ、各自即興で料理を組み立てた。
参加したドイツの三ツ星シェフ、トーマス・ビューナー(Thomas Bühner)氏は、このイベントを単なる料理の競演ではなく、異なる文化背景を持つ料理人が「味わい」を通じて対話する場だと捉える。互いの料理に対し、敬意と好奇心を持って刺激し合うことに意義があるという。
そうした交流は、アジアの食文化への理解にもつながっている。ビューナー氏は「アジアを訪れるたびに新しい発見がある」と語り、甘味、酸味、苦味、辛味、旨味が競い合うのではなく、自然に調和していることに強く惹かれているという。アジア料理をひと括りにすることはできず、国や地域ごとに歴史、地理、文化を背景とした異なる世界が広がっていることも大きな魅力だ。
今回、ビューナー氏がフォワグラに合わせたのは、タイの炭酸飲料「エストコーラ」。一見意外な組み合わせだが、ビューナー氏にとって創造性とは「驚きを与えるためだけに、珍しい食材を組み合わせることではない」。馴染みのある食材を新しい文脈に置くことで、意外な組み合わせも自然なものとして感じられるという。
その発想の背景にあるのが、食材の持つ歴史や文化だ。たとえばフォワグラは、伝統的にブリオッシュやフルーツ、アイスワインなど、甘いものと合わせてきた。「この古典的な組み合わせを、現代的にどう解釈できるか」というシンプルな問いから、新しい料理が生まれる。
さらに、気候や地理、文化が味わいにどのような影響を与えているのか、時間の経過によって味がどう変化するのか。そうした背景を理解することが、真に独創的なものを生み出すことにつながるという。
アムステルダム「ブーゲンビル(Bougainville)」エグゼクティブシェフ、ティム・ゴルステイン(Tim Golsteijn)氏も、アジアの料理にはその土地の人々や歴史、風土を伝える物語があると指摘する。伝統を尊重しながらも、新たな発想を受け入れる余地があることに刺激を受けているという。
さらに3人のシェフが関心を寄せているのが、アジア各地に根づく発酵や保存食の文化だ。そこには、気候や地理に適応しながら培われてきた知恵があり、ビューナー氏は「単なる調理技法としてではなく、その背景にある哲学や自然への敬意まで理解したい」と言う。
アジアの食文化は、複雑な歴史の中で近隣諸国の影響を受けながら、独自のアイデンティティを築いてきた。「世界で活躍するシェフたちは、そこから食材や技法だけでなく、料理を生み出す背景そのものを学び、自らの料理へ昇華しようとしている。アジアとの出会いは、料理人の創造性とアイデンティティを、さらに深める契機となっているのです」と、ビューナー氏は同イベントの意義を語った。
◎DINNER INCREDIBLE
https://www.dinnerincredible.com/
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