ワインが導く更生のかたち。シエナ刑務所でスタートしたソムリエ養成コース
Italy [Siena]
2026.06.11
text by Mika Hisatani
ソムリエ養成コースの様子。グラスに注がれたワインを前に、講師と意見を交わしながら、香りを何度も確かめる者、分厚い教科書に細かくメモを取る者、そして試飲後のワインを静かにスピトーン(吐器)に捨てる者。ワインの授業の光景は、鉄格子の窓や扉がなければここが刑務所であることを忘れさせるほどだ。
イタリアの刑務所における「食」を通じた受刑者更生プロジェクトは、今や全国で多様化しながら展開しており、決して珍しいものではなくなった。それでもなお、その希少さで注目を集めている取り組みが、トスカーナ州シエナ刑務所でスタートした。イタリアソムリエ協会(AIS)トスカーナ支部による、受刑者のためのソムリエコースである。
現在、およそ70名の受刑者が収容されているシエナ刑務所は、市の中心部に位置する14世紀に建てられた元修道院の中にある。ここで2026年1月から始まったのが、「VITE LIBERA(自由な人生・新たな出発)」と名づけられたプロジェクトだ。内容は一般のソムリエコースと同様に3レベルで構成され、週1回2時間の授業が行われている。受講者は6月に筆記試験と実技試験に臨み、合格すればソムリエ資格が授与される。
本来、刑務所ではアルコールの摂取はもちろん、ガラス製のワイングラスの使用も禁止されている。しかしこの授業では、実際にワインをテイスティングしながら、料理との相性やサービスについても学ぶことができる。内容はほとんど正規のコースと変わらない。
コースは無料で提供されており、仮出所中の者に限らず、希望すれば受講可能だ。現在は6名が参加しており、その中にはムスリム教徒の受刑者、また元アルコール依存症の受刑者も含まれている。
イタリアで初となる刑務所内ソムリエコースを実現したグラツィアーノ・プーイヤ所長は「出所後により安定した収入を得ることで、被害者への賠償を継続できる可能性もある」と語る。刑務所で過ごす時間を“止まった時間”にするのではなく、社会復帰につながる時間に変えていくことが目的だという。
シエナはワイナリーやレストランが多い地域であり、こうした取り組みとの相性も良い。また飲食業界では人手不足も深刻で、専門資格を持つ人材への需要は高い。
受講者がこのコースに参加した理由は、「出所後の就職に役立てたい」という現実的な動機の他、「ワインを単なるアルコールではなく、自国の文化として理解できるようになった」「自分が文化に触れ、学べるとは思っていなかった」といった意見も聞かれた。この前例のない更生活動は、イタリアにおける「食」が持つ社会的影響力と、飲食業界に関わる人々の役割の大きさ、その潜在的な力を改めて認識させられる挑戦である。
◎Vite Libera a Siena: AIS Toscana e il carcere Santo Spirito lanciano il primo corso per sommelier
https://vitae.aisitalia.it/vite-libera-siena-ais-toscana-carcere-santo-spirito-corso/