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JOURNAL / 世界の食トレンド

コンセプトは“ジャズと自然”。ロンドンで注目を集める日本人ミクソロジストの店

England [London]

2025.06.30

コンセプトは“ジャズと自然”。ロンドンで注目を集める日本人ミクソロジストの店

text by Yuka Hasegawa
「ホワイトアスパラガスとグリーンピースのカクテル」(18ポンド)。旬の素材を使って、季節の機微が見事に体現されている。

バーカルチャーの発信地であり、「世界のベスト・バー50 」には毎年何軒もの店がランクインするロンドン。歴史を誇る五ツ星ホテル内のクラシックな老舗バーから、クリエイティビティあふれるミクソロジストがシェイカーを振る新進気鋭な独立系の店まで、ロンドンのバーシーンは常に多彩でエキサイティングだ。

そんな中、2025年4月上旬、日本人ミクソロジスト鳥潟彦人(とりがたげんと)氏が東ロンドンに開業した「ワルツ(Waltz)」が、メディアやバー業界の人々の熱い視線を一身に浴びている。

コンセプトは“ジャズと自然”。

「日本人であること、日本のバーテンディングの経験があることを前面に出して、ロンドンのバー市場に新しい価値を吹き込みたかった」と語る鳥潟氏。四季を通じて移り変わる自然や風景、食べ物や香りを楽しむといった、日本人が持つ季節の機微を反映し、地元イギリスやヨーロッパの旬の素材を使ってカクテルを構成しようと思ったという。特に、季節の節目を表す旧暦の言葉として日本人が元来親しんできた、「立春」や「立夏」などの二十四節気や七十二候などから、大きなインスピレーションを得ているそうだ。

カクテルメニュー
カクテルメニューの1ページ目に、さりげなく日英併記されている、「二十四節気」と「七十二候」。来店客は、カクテルを選ぶ前にこれらの言葉に触れ、季節を感じながらカクテル・リストのページをめくることに。ワルツでは、このような鳥潟氏の繊細な演出が店内に散りばめられている。

例えば5月は、英国ではホワイトアスパラガスやグリーンピースが市場に出回り始める頃。
「常に素材がもつナチュラルな味わいをそのまま残すよう、どうやって仕込みをするかを考えます。季節のカクテル(写真トップ)は、ウォッカにホワイトアスパラをインフューズさせ、ガーニッシュとして新鮮な生のグリーンピースを添えました。また、自宅の近所に咲く1年のうちに2週間しか花が咲かないゴース(ハリエニシダ)の花を摘み、その香りを閉じ込めた自家製コーディアル、ラム、芋焼酎・赤霧島などを使ったカクテルは、まさに今の時期しか味わえない一杯です」

メニューには、季節のオリジナルカクテル8種の他、「マッチャ・オールド・ファッション」、個性的な日本酒と塩麹と使った「ギブソン」など、エッジを効かせたクラッシックカクテルも揃う。

菊芋と赤味噌のウイスキーサワー
「菊芋と赤味噌のウイスキーサワー」(17ポンド)。「菊芋は低温調理でバーボンに漬け込み、赤味噌は減圧蒸溜を施し、それらの風味のみをカクテルに落とし込んでいます」と鳥潟氏。

大学時代からジャズをこよなく愛しているという、鳥潟氏。店の名前は、氏がジャズの世界に興味を持つきっかけとなったビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビイ」から。楡の木を使った、全長8メートルのバーの奥に鎮座するスピーカーから流れる、奥深いジャズの音色が店内に広がる。

「ジャズの“インプロヴィゼーション(即興演奏)”は、カクテルバーに通じるものがあると思います。同じ素材を使って同じようにカクテルを作っても、カウンター越しのバーテンダーとの会話などにより、お客さんがバーで過ごす時間や空間が、その時々で変わってくる」

開業から2カ月、夕方の5時のオープン時間には、入店を待つ行列ができるという。まさにロンドンの知る人ぞ知るホットスポットだ。

バーカウンター
カウンター奥の壁一面に配された、深い藍色をバックに、鳥の群れのモチーフにした20メートルのアートワークは圧巻だ。また、迫力ある木目が存在感を放つ、オーセンティックな楡の木製バーカウンター、ナチュラルかつスタイリッシュなスツールなど、店内には、研ぎ澄まされた美意識がそこここ見受けられる。
鳥潟彦人氏
鳥潟彦人氏は1988年東京生まれ。大学では西洋哲学を専攻。卒業後はフレンチレストラン、洋菓子店の厨房を経て、2013年に銀座の老舗「エルロン」にてバーテンダーとしてのキャリアをスタート。その後シンガポールを経て、21年に渡英。ロンドンの名店でバーマネージャーを務めて、25年独立。「英国にまだ存在しない日本のバースタイルを正しくオーセンティックに実践していきたい。とはいえ、フォーマルすぎて居心地が悪い、コミュニケーションが取りづらい、料金形態がわからない、など外国人が日本のバーを訪れて不安や不満に思う要素を、極力排除していきたい」

*1ポンド=195円(2025年6月時点)

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