飲食店ではない料理人の道を模索する中で出会った「商品開発」という仕事
丸山千里
2026.07.13
text by Sawako Kimijima / photographs by Daisuke Nakajima
35歳以下の若手料理人の発掘・応援を目的とする料理人コンペティション「RED U-35」。2025年の準グランプリに輝いた丸山千里さんは、フードクリエイターだ。飲食店を活動の場としない料理人の準グランプリ以上のタイトル獲得は、RED U-35史上初。「フードクリエイターって、どんな仕事?」と聞かれることが多いという丸山さんの活動領域は、商品開発、メニュー開発、ケータリング、イベントなど幅広い。食による地域活性・経済活性が活発化する昨今、ニーズの高い職種と言える。フードクリエイターまでの道筋、商品開発の手法や考え方など、丸山さんの仕事の実像に迫った。
目次
丸山千里(まるやま・ちさと)
1993年、鹿児島県生まれ。九州大学農学部卒業後、コクヨ株式会社を経て、2018年から1年余、東京「Ata アタ」に勤務。その後、まちづくり企業にて新規事業立ち上げや企業広報に関わり、並行してケータリングやレシピ提案を行う。2021~24年、食のクリエイティブプロダクションTETOTETO Inc.に所属しながら、食のプランナーとして商品開発・フードスタイリング・出張料理を手掛ける。現在はフリーランスのフードクリエイターとして活動。「CHEF-1グランプリ」において23年準グランプリ、24年フードクリエイター部門1位。「RED U-35 2025」準グランプリ。
旨味にフォーカスしたお茶の新たな価値提案
「RED U-35 2025」には、“自己紹介代わりの一品”と位置付ける「蟹と柑橘の抹茶ラーメン」で応募した。
緑茶は20種に及ぶアミノ酸を含み、旨味成分に富む食材だ。スイーツに使われることが多いが、持ち味を旨味と捉えるなら、むしろ料理に使う方が理に適っているのではと丸山さんは考えた。そのアプローチが、お茶のラーメンというわけだ。
鶏ガラのだしと煎茶を合わせ、抹茶を溶かし込む。すると、イノシン酸(鶏ガラ)とテアニン・グルタミン酸(煎茶・抹茶)による相乗効果で力強い旨味のスープとなる。
言われてみれば、なるほどの緑茶活用法。食べて納得のおいしさである。
準グランプリ獲得以降、お茶ラーメンのポップアップ営業を重ね、さらなるブラッシュアップを目指している。お茶と一口に言っても、産地や品種によって違いがあり、一番茶・二番茶でも異なる。焙じ茶、発酵茶など加工法が変われば別物と言っていい。素性やキャラクターを生かす使い方の探究を深め、「京番茶の醤油ラーメン」のようなバリエーションにも挑む。
Ph03
取り組み始めたのは2023年。お茶農家が淹れてくれた玉露の濃縮だしのような味わいに驚いた記憶から生まれた。出身地・鹿児島のお茶農家との交流の中で、後継者不足や若者のお茶離れによる廃業、耕作放棄地などの課題に触れていたことも根底にある。淹れて飲むだけではない新たな価値を提案できないだろうか、旨味にフォーカスする料理に仕立てることで、食べ手に新しい食体験を提供しながら、活用の可能性を拓けるのではないかと考えた。誰もが気軽に食べられて、日本でも世界でも支持されるラーメンに落とし込んだのだった。
飲食店ではない料理の仕事
「フードクリエイターになろうと思ってなったわけではなくて」と丸山さん。「実は、フードクリエイターを名乗るべきか、迷いがあって」と言う。
食に目覚めたのは、九州大学農学部時代。食が社会や文化に与える影響の大きさを授業で知ったのがきっかけである。援農体験や醤油蔵の視察など、生産現場に盛んに足を運んだ。現場の課題を見るにつけ、「調理技術があったら、役に立つのではないか」と思うものの、料理界に飛び込む覚悟は固まらず、食以外の大手企業に就職。2年後、ついに「我慢できなくなって、もうこの道しかない」と東京・代官山のビストロ「アタ」の扉を叩く。掛川哲司シェフは「やる気があるなら、やってみる?」と未経験の彼女を受け入れた。
「言語が違うんじゃないか!?くらいのカルチャーショックでした」。先輩に作業の理由を尋ねると、返って来た答えが「理由なんか聞くな」。理屈ではなく実践を通して、自分で答えを見つけていく日々。それでも、お客さんの生命を預かる仕事であることや腕さえ磨けば食べ手を幸せにできることなど、学びは多かった。生身の人間を相手に、顔を見ながら料理を作って胃袋を掴む、料理人という職業の醍醐味を実感しながら、しかし、約1年で心が折れた。
「料理人になろうなんて、もう言えないと思うくらい挫折は大きかった。反面、諦めきれない気持ちもあった」
飲食店ではない料理の働き方はないのだろうか・・・道を模索する中で出会ったのが、商品開発という仕事。
食材のどの部分に光を当てるのか。食材の価値をどう引き出すのか。論理的に料理を構築することは向いていた。農学部出身の理系人間。調理と科学を結び付ける思考の持ち主で、科学実験はお手のもの。試作時の細かい数字の扱いも、微量の調整を繰り返すのも苦にならない。
「実は、アタで働いていて致命的だなと思っていたのが、私は集中しすぎると人の声が耳に入らなくなるんです。厨房で働くのに向いていなくて。商品開発は一人で集中してやれる。良い落しどころを見つけたと思います」
“調理の定石”から発想を得る
「商品開発を手掛ける時、アタでの経験が生きている」と丸山さんは言う。
ひとつは調理の定石。「『料理には基本の組み合わせがある』と掛川シェフがよく言っていたんです」。フレンチであれば、牛肉と赤ワイン、羊肉とハーブ、豚肉とジャガイモ、などが挙げられるだろうか。
食のクリエイティブプロダクションTETOTETO Inc.在籍時に担当した、鹿児島県指宿市「山川水産加工業協同組合」のなまり節を使った商品開発は、この教えがヒントになった。
カツオを茹でる・蒸すなどの加熱後、燻製にした伝統食材のなまり節だが、いまや食卓にはめったに上らない。絶滅危惧食材と言ったら怒られるだろうか。依頼の理由も「若い人に食べてほしい」。
開発は「カレーを作れないだろうか」から始まった。しかし、試作してみると、“なまり節+カレー”が1+1=2以上にならない。そこで丸山さんが着目したのがなまり節の燻香だった。
「肉と魚の違いはあれど、動物性タンパク質食材を燻製する点で、なまり節はベーコンと共通項がある」。ならば、ベーコンを使う料理との親和性が高いのではないか。“ベーコン+トマトソース”を“なまり節+トマトソース”に置き換えてはどうだろうとの発想で誕生したのが「なまり節ボロネーゼ」だ。
長い年月と数え切れないほどの人々による練磨を経て出来上がっているのが調理の定石である。その応用は、根拠のない商品開発に陥らないための方法論とも言えるのかもしれない。「なまり節をベーコンのように使うという考え方を応用すると、サラダ、グラタン、ソテーなど、なまり節の使い道が広がっていく」と丸山さん。
そして、もうひとつ。食べ手を目の前にして厨房に立っていた経験も、商品開発をする上で意味があったと丸山さんは思う。「机上の開発しか知らないと、思いつきだけで形にしかねない。食べているところを想像したり、リアリティをもって考えたり、実感の伴う開発をしたい。理由や根拠のない創作はカッコ悪いと思うんです」。
彼女が「フードクリエイター」という肩書きに躊躇するのは、きっとこんな考え方にも起因しているに違いない。
食材をバックボーンとする料理人でありたい
どう見ても闘志満々というタイプには見えないにも関わらず、丸山さんのコンクール歴は華やかだ。22~24年の「CHEF-1グランプリ」に応募して、23年には準グランプリ、24年にはフードクリエイター部門優勝を果たしている。
「コンクールは嫌いじゃない。死にそうになりながらやってますけど(笑)、追い込まれると思いもしなかった力が発揮できるので、面白いなって思います」
営業が苦手だから、コンクールが広告代わりでもある。実際、「CHEF-1グランプリを見て」というコンタクトが増えたという。
「RED U-35 2025」の最終審査では、審査員の辻芳樹さんから「技術のバックボーン」に関する質問が投げ掛けられた。
「フードクリエイターって、どんな仕事?」と聞かれるのと同様、フードクリエイターという肩書きは「技術のバックボーンはどこにあるのか?」「何を技術のバックボーンとするのか?」という疑問を抱かせやすい。
丸山さんの答えは、彼女のスタンスを的確に表現していて、審査員全員をうなずかせるに十分だった。
「自分には料理人としてのバックボーンがないのではないか。修業をやり遂げられなかったこともあり、自分で自分を認められないという悩みを抱えてきました。でも、ある時、気付いたんです。『自由に料理を作ってください』と言われると戸惑ってしまうけれど、『この食材を際立たせる料理を作ってください』との求めには、発想が次々と湧いてくる。あぁ、私のバックボーンは食材だ。食材のバックボーンに基づけば、正しい答えを見つけることができる、と」
料理界の新しい選択肢になる
「RED U-35 2025」の応募動機には、次のように書いている。
「プロの料理人として矜持を持って仕事をする一方で、飲食店で働き、将来はオーナーシェフになり星を目指すという王道のキャリアから外れたことに不安を覚える日もあります。RED U-35で認められることで、自分のキャリアに自信を持つと共に、料理界の未来の新たな選択肢となりたい」
今、料理人の技能が発揮される場は飲食店とは限らない。「料理人=飲食店」と固定化することは、職業の可能性を狭めることにもなりかねない。食材をバックボーンとする丸山さんの仕事は、食材や生産者の意志を未来へつなぐメッセンジャーの役割も担う。もう十分に料理界の新たな選択肢となっている。それを「フードクリエイター」と呼ぶかどうかは別問題かもしれないが。
準グランプリを獲得して、はたして不安は解消されたのだろうか?
「それがそうでもなくて・・・。自分で自分を認められるようにならなければ、解決しないのだとわかりました」
肩書きの迷いも根は同じような気がする。
彼女が手掛けた商品開発事例を見ていると、現代日本の社会課題が見えてくる。耕作放棄地、食品ロス、伝統の継承、需要の開拓・・・大学時代に抱いた「調理技術があったら、役に立てるかもしれない」を実践しているとも言える。
そんな丸山さんの頭の中で響くのは、掛川シェフが放った「旨ければ、みんな食べるんだから」という言葉だ。ホテルなどでの立食パーティの料理はなぜ残るのかという話をしている時だった。
「おいしければ食べるし、おいしくなければ食べない。どんなに社会的意義が高かろうと、人が食べなければ、持続可能ではない。商品開発の絶対に譲れない条件として自分に言い聞かせています」
◎丸山千里
Instagram:@maru.chi_
関連リンク