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PEOPLE / 寄稿者連載

東北から始まる、リアルブレッドの新しい地図。『宮城麦人』という試み

「パンの道の駅」メイキングオブ 第7回

2026.04.28

text by Hiroaki Ikeda

連載:池田浩明さん 「パンの道の駅」メイキングオブ 

打ち上げの席で、なにかが動いた。2025年、宮城県の強力品種「夏黄金(なつこがね)」の小麦畑見学会のあとの打ち上げの席で、パン職人たちの間にさりげない会話が生まれた。
「なんかやります」「地元のものを使っていきたい」「未来になにかを残したい」。そんな職人たちの勢いのまま結成されたのが、パン職人の会「宮城麦人」です。今回は、いま地産小麦を扱う店が続々誕生している東北・宮城のパン職人たちのリアルブレッド・ストーリーをお届けします。

仙台市「THE BREAD BAR」 小島賢二
仙台市「ブーランジェリージラフ」高橋司
仙台市「三麦園」 三浦圭馬
仙台市「あくつさんち」 阿久津和樹
松島町「ぱんや あいざわ」 相澤隆志
仙台市「コヤギベーカリー」長谷川愛

目次







パンを起点に、支え合うシステム

小麦畑に人が集ったとき、インスピレーションが降りてきて、新しいなにかはじまることがある。「ぱんや あいざわ」の相澤隆志シェフはこう振り返る。「パンを通じて、ピザ職人やラーメン職人とか、”麦人”とつながっていき、未来になにかを残したい」

「宮城麦人」の活動動機はシンプルだ。地元宮城の小麦でパンを作り、その喜びを宮城の人と分かち合い、地域を活性化する。しかしそのビジョンを実現するには、一店舗の努力だけでは十分ではない。消費者のニーズを高め、土地ならではの良質な食材をつくる生産者を地元に育て、さらに買い支えていく。そのためには職人同士が手を組んで、”リアルブレッド”を取り巻くムーブメントをつくる必要がある。

(左から)「THE BREAD BAR」小島賢二さん、「ぱんや あいざわ」相澤隆志さん、「三麦園」三浦圭馬さん、「コヤギベーカリー」の長谷川愛さん、「あくつさんち」阿久津和樹さん、「ブーランジェリージラフ」の高橋司さん。

2026年2月2日、宮城麦人はメンバー6人がそれぞれデザインした「郷土のパン」を披露するイベントを開催した。会場に野菜を提供したのは、仙台市で野菜の生産・加工を行う「はなやさい」。都市農業の利点を活かし、朝収穫・午後配達という鮮度重視の体制で動いている。

「はなやさい」の鈴木優奈さんは、規格外野菜をポタージュやピクルスなどのデリに加工し、宮城麦人に参加するパン屋の冷蔵ケースで委託販売を行っている。パン屋にとっては食事パンのおともになる惣菜を提案できるメリットがあり、「はなやさい」にとってはデリに強いニーズを持つ顧客が集まる売り場を確保できる。
パン屋が地元の良質な素材を作るプレーヤーを支え、支えられるWIN-WINの関係が、ここに成立している。

この日のランチを担当した「THE BREAD BAR」の小島賢二さん(最年長メンバー)は、国産レモンの皮とターメリックを使った鶏肉の煮込み、幻の里芋「善光寺」のクリームスープ(鈴木さんとの共作)、聖護院大根とシナモンゴールドのレムラードなど、食材の個性を活かした一皿を並べた。

「子供が成長したときに胸を張れる、おいしいパンを作りたい。添加物が入っていないものを、地元のものを使いたい」という「THE BREAD BAR」小島さんの言葉が、その皿に滲む。


郷土の粉が、パンを変える

イベントで披露されたパンは、パン職人たちが郷土宮城をパンで語ったもの。せっかくなのでひとつずつ紹介したい。

米どころ宮城の答え:パン・オ・リ(高橋司シェフ)

スタイリッシュな店舗を仙台中心に展開する「ブーランジェリージラフ」の高橋司シェフが披露したのは、「パン・オ・リ」。宮城県産「夏黄金」(小川製粉「キャッスル」)50%に、米粉と玄米粉を合計40%配合した米粉パンだ。

バシナージュ(差し水)による高加水と米の吸水力が重なり、蒸しパンのようなしっとりぷるぷるとした食感。焼き色は深いが苦味はなく、黒糖のような甘さ。混ぜ込まれたくるみが東北の郷土菓子・ゆべしを想わせる。米どころ宮城の人の口に、なじみやすいパンだ。

(中央)高橋さんの「パン・オ・リ」

夏黄金は、東北の小麦の代名詞「ゆきちから」の後継品種。外国産の小麦と遜色ない製パン性を持ち、「パンが作りにくい」と言わせない品種として期待されている。硬質小麦らしい濃厚な焼き色は、糖分の豊かさを予感させる。

「ブーランジェリージラフ」の高橋司シェフ

「宮城の小麦を使ってパンを作ることってかっこいいよね、と若い人たちに思ってもらいたい。そういうカルチャーを発信できたら」と、高橋シェフ。その先には、パンやローカルフードという仕事に関心を持つ人を増やし、飲食業界を持続可能なものにするという狙いも込められている。

笹かまが、パンになる:麦笹(三浦圭馬さん)

若手の注目株、仙台「三麦園」の三浦圭馬さんが作ったのは「麦笹」。仙台名物・笹かまぼこからインスパイアされた一品で、白身魚のすり身を湯種と合わせた「魚湯種」が技術の核心だ。むちっとした食感が笹かまを見事に再現。だし醤油とオリーブオイルが合わさって、まるでバターのように甘く香る。

「三麦園」三浦圭馬さん

このパンの面白さは、意外な和食との相性にある。魚の香りが日本人の味覚の琴線に触れるのか、おでんや味噌汁のようなだし感のあるものを食べたくなる。新しい食事パンのひとつの方向性が、ここに見えた。


加水110%という挑戦:手ごねのコンプレ(阿久津和樹さん)

高加水のねばつく生地をものともしない、「あくつさんち」の阿久津和樹さんの華麗な手さばきは、参加者を魅了した。「手ごねのコンプレ」は山形県庄内産「月山の粉雪」(アインテック)を100%使用し、加水は110%。湯種とレーズン種、豆麹を組み合わせてシンプルに甘さを表現。月山の粉雪が持つフレッシュ感とクリアさを前面に出した、みずみずしい甘さが特徴だ。

「あくつさんち」の阿久津和樹さん

月山の粉雪は、地元の耕作放棄地解消のために開発されたブランド小麦。ゆきちからを15℃以下の低温倉庫で玄麦を保管し、石臼を超低速で回して粉の風味を守る。こだわりの製粉によって、東北の小麦粉が変わりつつあることの象徴的な存在になっている。

東北の土地と向き合う:カンパーニュ(相澤隆志シェフ)

「ぱんや あいざわ」相澤さんがランチに合わせて出したカンパーニュも、月山の粉雪100%。パン酵母(イースト)は一切使わず、自家製のルヴァン種のみで発酵させながら、驚くほど酸味がない。透明感がありつつも深い余韻が宮城の土地のテロワールを語る。

「ぱんや あいざわ」相澤隆志シェフ

秘密は仕込みのタイミングにある。前日に生地を仕込まず、早起きして当日の朝にすべて仕込み、生地温度を下げることなく一気に窯入れへ。低温に長時間さらして酵母より乳酸菌の活動が優位になり、酸が出やすくなるのを避ける。東北の気候と向き合い、パンを作り続けてきた相澤さんの技がひと塊の生地に凝縮されていた。

「コヤギベーカリー」の長谷川愛さんは、宮城の夏黄金と自身の出身地・新潟の生産者の地粉「ゆきちから」をブレンドしたバゲット・カンパーニュを披露。これまで使ってこなかった地元国産小麦と向き合い、「配合を考えるのがものすごく楽しかった。もっとこうしたい、ああしたいってどんどんアイデアが湧いてきた」と語った。

「コヤギベーカリー」の長谷川愛さん

厨房から、地域のフィールドへ

宮城麦人の職人たちに共通するのは、「厨房に閉じこもらない」という姿勢だ。
粉が届くのをただ待つのではなく、生産者や製粉会社、「はなやさい」などの野菜の加工業者といった地域のプレーヤーと連携し、ともに小麦の成長を見守り、生産者のリスクにも向き合う。フィールドへと飛び出して、パンを取り巻く環境を自分たちで変えようとしている。

小島シェフは言う。「自分の代で終わりじゃなくて、次の世代、僕らの子供たちの代に、当たり前に地元の小麦があって、それがちゃんと製粉されて届くという”正しい環境”をつなげたい」

食べ物とは、同じ風土に生きる人から人へ手渡されるもの。そのあたたかな手触りが「リアルブレッド」の本質だ。宮城麦人は、その原点を小麦畑から取り戻そうとしている。

イベント終了後、緊張感から解き放たれて語らった。

池田浩明(いけだ・ひろあき)
パンの研究所「パンラボ」主宰、新麦コレクション理事長。ブレッドギーク(パンおたく)。パンを巡る小麦の生産者、パン職人、消費者を、縦横無尽につなげる機動力と企画力の持ち主。



◎福岡県川崎町「パンの道の駅」準備室

Instagram:@kawasaki_michinoeki

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