続・こうして料理人は自然の代弁者となる。5人のシェフが茨城の産地から教わること。
2025.12.08
text by Meko Sueyoshi / photographs by Atsushi Kondo
2025年10月、茨城県のシラウオ、有機野菜、銘柄豚肉「常陸の輝き」、レンコンの産地へ。東京で活躍する5人の実力派シェフとともに、「おいしい」食材の裏にある土地の記憶と作り手の営みに出会う、日帰り旅をリポート。今回はイタリア、スペイン、日本、そして中国料理人が、茨城県の生産者たちの言葉に耳を傾けます。
目次
- ■鮮度が命のシラウオ漁。仄かな苦味をどう味わうか/「霞ヶ浦 暁のしらうお」
- ■“流通”ありきのオーガニックを考える/有機野菜
- ■とんかつファンから熱視線/銘柄豚肉「常陸の輝き」
- ■夏から冬。移ろう旬味の魅力を探る/れんこん三兄弟
鮮度が命のシラウオ漁。仄かな苦味をどう味わうか/「霞ヶ浦 暁のしらうお」
湖面に朝陽が差し込む頃、「霞ヶ浦 暁のしらうお」の生産現場へと足を運んだ。
茨城県と霞ヶ浦 漁業協同組合が共同開発した新ブランドは、漁師たちの磨き抜かれた技術で、抜群の透明度と歯ごたえ、清らかな旨味を実現している。2021年に水産試験場より新技術導入の提案を受け、地元の漁師たちが取り組み始めた。
先ずはシラウオの加工現場へ。この日も3時から漁に出ていた漁師の皆藤勝さんが出迎えてくれた。シェフたちを前にして開口一番「これ(暁のしらうお)の作り方は、内緒なんです」とにやり。
聞けば、暁のしらうおとなるシラウオは高い鮮度を維持するために曳き網時間を短く設け、また船上で施される“新技術”は門外不出なのだという。
講習を受けた漁業者は名前を登録され、情報を持ち出すことはもちろん、講習内容のメモを取ることすら禁じられている。取り決めを破ると厳しい罰則規定もあるため、「作り方は全部頭の中に入れています。その上で網の構造とか自分なりの工夫がある」と皆藤さん。大きく育ったシラウオだけが掛かるようほんの少し網の目を粗くし、30分弱で網を引きあげる。水揚げしたシラウオはよいものだけを選別されて、およそ3分の1ほどになるという。
「漁では波や風の状態を見極めることも大事です。ある程度波も風もある方が良いけれど、波がありすぎると網に甲殻類などが混入してシラウオを痛めてしまう。波がなくても潮の流れが速いと、たくさんかかったシラウオ同士が網の中で揉まれて傷がつく。状況を見ながら、15分で網を引き上げることもあります」
「まだ味が落ち着いていなくてコリコリ感もあるけど、まずは食べてみて」と差し出された暁のしらうおを試食。最初はそのまま、次に頭の部分だけに塩を付ける、皆藤さんおすすめの食べ方で。つるんとした身を噛むとわずかに感じる苦味。
「この苦味は何でしょう?」と「六雁」料理長の秋山能久さんが問えば、「目に苦味があるんです。この苦味が後引く感じで、だんだん癖になる・・・酒がうまくなるんですよ」とにんまり笑う皆藤さん。今あるコリコリ感は時間が経つと落ち着いてきて甘味も増すそう。そのおいしさマックスの時に冷凍する。
解凍は氷水をはった容器にパックのまま沈めて流水で5分ほど。解凍の仕方が良くないと透明感が蘇らないので要注意だ。解凍後は吸水シートの上に置いてその日のうちに使い切る。
「加熱しては?」とのシェフたちの問いには、「ピザにのせてもおいしい。でも高いものだから、ちょっともったいないかな。それと柑橘系の汁とも相性がいい。ただ、かけると乳白色になるから、食べる直前にかけて」
11月にはもっと身が大きくなるという。透明感のある美しい姿と味わいをどう生かすか、シェフたちは意見交換しながら次の訪問地へと向かった。
◎霞ヶ浦漁業協同組合
☎0299-55-0057
“流通”ありきのオーガニックを考える/有機野菜
東京へのレタス・小松菜・ホウレン草などの野菜は、供給源の第1位となっている茨城県。ここ「ふしちゃんファーム」でも、有機野菜を通年供給する。ハウス61棟、露地、田を有するつくば農場以外にも、常陸太田にも農場を運営しており、周年栽培される小松菜、ほうれん草、水菜、ロメインレタスのほか、パクチー、イチゴ、三つ葉、ルッコラ、セルバチコ、ミニ白菜など、全ての野菜を有機JAS規格に基づいて栽培している。
小雨が降る中、出迎えてくれたのは代表取締役の伏田直弘さん。かねてから、最終的には農業を、と決めていたという。前々職で勤めていた外食チェーンで、年間100株くらいの有機レタスを仕入れたいと思ったときに、数が揃わないことがきっかけとなり、農業部門の子会社を立ち上げ、有機JAS認証の取得など、農業のノウハウを学んだ。その後、転職先の金融機関で経営管理を学び、2015年につくばで妻と就農した。
「できるだろう」と半ばタカをくくって始めた農業だったが、「めっちゃ大変でした(笑)」と当時を振り返る。不作や病害虫に悩まされ、出荷できない日が続いた。農林水産省の研究機関であったつくばの農研機構の公開授業に参加し、窮状を訴えると、天敵を利用する害虫防除などの研究者が現地を確認。研究成果の技術実証として協力が得られ、病害虫対策や雑草管理が進められたという。
「ハウス周辺の雑草をすべて除去してハウスを閉め切り、雑草の種を入れないようにする。目の細かい防虫ネットを張り、夏場は太陽熱で、冬はボイラー付き高圧洗浄機で熱湯を撒いて虫を駆除し土を消毒します。消毒や燻煙ができない有機農業でも、工夫すれば大きな設備投資なしで病害虫対策ができました」
ハウスの中では小松菜が収穫されている最中。青々とした葉は厚みがあり、力強い。「小松菜とホウレンソウは直に種を撒くのではなく、他の場所で育てた苗を植えることで栽培期間を短縮させています」。種の直蒔きでは収穫まで50日ほど掛かるが、苗だと35日で収穫できる。年9回の栽培サイクルを導入して生産量を上げている。
次は保管庫を見学。夏の外気にさらされた野菜は収穫後すぐにこの作業所で一休みさせた後、保冷庫に移される。0.5℃に設定された保冷庫内は震えるほどの寒さで、ブーンという機械音とかすかに風を感じる不思議な空間。空気を振動させるための電流を流している。「常に空気が震えていればマイナス温度でも野菜は凍らない。いわば仮死状態で2カ月は鮮度を保てます」
シェフたちの興味が集中したのが12月から5月頃まで出荷される有機イチゴだ。品種は「恋みのり」。甘味が強く酸味が控えめ。果実が硬めで輸送によるダメージが少なく日持ちも良い。海外への輸出も念頭においての選択だ。保冷庫に保管すれば3カ月くらいは保存も可能だとか。小松菜・水菜に続く海外輸出品になる日も近い。
◎ふしちゃんファームつくば農場
茨城県つくば市手子生2238
https://organic-fusichan.net/
とんかつファンから熱視線/銘柄豚肉「常陸の輝き」
2025年9月に開催された全国6産地のブランド豚食べ比べイベント「とんかつベス豚グランプリ」でみごと第2位となる金賞を獲得し、飲食業界で注目をあびているのが、茨城県の銘柄豚肉「常陸の輝き」だ。ランドレース種に大ヨークシャー種を掛け合わせた母豚と、県畜産センター養豚研究所が開発したデュロック種「ローズD-1」の父豚を掛け合わせた三元豚で、品のよい香りと旨味で人気を集めている。
さっそく常陸の輝きの指定生産者武熊牧場の武熊敏明さんを訪ねた。武熊さんは、子豚の生産から肥育・出荷までを一貫して行い、常陸の輝きの開発から携わってきた。この日は豚の衛生対策のため、豚舎ではなく、武熊牧場の豚を取り扱う佐藤畜産で話を伺う。
常陸の輝きには二つの条件があり、一つは「ローズD-1」が父親であること、もう一つは最も肉質に影響する仕上げの55日間以上、専用飼料を食べさせることだ。トウモロコシ、飼料米などの穀類と、小麦、大麦などの麦類を中心に、腸内環境を整え、肉の香りを良くする乳酸菌と、ドリップロスを減らしてジューシーな肉にするビタミンEを加えている。
「『ローズ D-1』はサシが入りやすいように開発された血統で、赤身にもサシが入り、やわらかな肉になります。腸内環境を整えると健康に育つので、うちの牧場では母豚や子豚にも乳酸菌を与えています」と武熊さん。定期的な肉質分析で、ロース肉の筋肉内脂肪含有量の平均値が概ね4.0%以上であるなどの品質基準をクリアするとともに、食肉卸業者が肉質を確認し、既定の格付条件を満たした肉だけが常陸の輝きとして販売されている。
臭みがなく、脂のおいしさに定評がある常陸の輝きだが、「じつはモモがとても大きくて、1本8キロくらい。内モモだけで1~1.5キロあります。しかも他の豚に比べやわらかい。しゃぶしゃぶにするとサッパリしておいしいと好評です」。そう話す佐藤畜産の佐藤正広さんに、「いつもはロースを使いがちだけれど、モモ肉も使ってみたいですね」と「李白」の佐藤剛シェフ。
「中国料理ならスペアリブもおすすめです。肩ロース寄りのスペアリブは通常500gくらいですが、うちのは極厚にしているので1キロくらいありますし、腹側寄りのバラスペアリブなら脂が多い。厚さや脂の付き具合などどんなリクエストにもお応えできますよ」と佐藤さん。
佐藤畜産では、と畜して中一日置いてからカットする。それまでに大きさや脂の量など指定すれば、極力応じてくれるという。この発言は、細やかな相談ごとが多いシェフたちを大いに刺激したようだ。
◎佐藤畜産
茨城県土浦市板谷6-651-119
029-831-7234
http://satochikusan.co.jp/
夏から冬。移ろう旬味の魅力を探る/れんこん三兄弟
生産量全国一のレンコンは茨城県を代表する野菜。霞ケ浦周辺は、特にレンコン栽培に適した低湿地が多く、全国生産量の半分を産するとあって、細く薄茶色い茎が頭を出した沼があちこちに点在する。
最後に訪れたのは、地元の米・レンコン農家で生まれ育った三兄弟が2010年に起業した、その名も、「れんこん三兄弟」だ。48haの蓮田で年間約650トンを出荷し、飲食店の取引店舗数は200店舗を数える。稲敷市・浮島はかつて霞ケ浦に浮かぶ島だったため、れんこん栽培に欠かせない水源に恵まれた土地。利根川が運んで来る砂は鉄分が少なく、レンコンの肌を白くきめ細かくするそうだ。
三兄弟の長男で代表取締役の宮本貴夫さんから、会社の成り立ちとレンコンについて話を聞く。レンコンは節によって食感が違い、7月の新レンコンから翌3月まで出荷時期によって、品種も味わいも異なるという。身近な野菜だが、知らないことは意外と多い。
「おいしいレンコンは、土、品種、鮮度の三つが決め手です」と宮本さん。「トップ産地なので農家ごとに流派があり名人もいて色々な情報が集まってきます。その中で自分たちなりの土づくりと品種を選んで栽培計画を立てています」
砂状土中心の霞ヶ浦南岸の田んぼの中でも、北の方は粘度質、南の方は砂壌土と土の質は異なる。そこへ堆肥を混ぜ込むなどして土壌を作り、それぞれの土壌に適した品種を選んで栽培する。品種は「A-1」、「幸祝」、「金澄」の3品種。瑞々しいシャキシャキした食感の「A-1」は砂壌土で育てて、7月の新レンコンとして。白く透明感がありややもちもちとした食感の「幸祝」も砂壌土で育て、夏から晩秋に出荷。デンプンが豊富で豊かな甘味と深い旨味が特徴の「金澄」は粘土質の土壌で栽培して、初冬から春先まで出荷する。
「葉が枯れ落ちた今ごろから冬にかけてが、瑞々しさと甘味のバランスがとても良く、一番おすすめしたい時期です」
日が暮れないうちにと、外の田んぼを見学。正月に向かって最盛期を迎えるこれからの時期、飛来した鴨が田んぼに首を突っ込んでレンコンを食べてしまうため、ネットを張って防止しているそう。夏のジャンボタニシと冬の鴨が二大天敵だ。
「レンコンは根菜だから日持ちするイメージがありますが、じつは鮮度が命」と宮本さん。収穫後はすぐに洗浄しサイズごとに仕分けして氷詰めで発送する。
「発送して終わりではなく、自分たちが育てたレンコンがおいしかったかどうか、どんな風に料理に活かされるか知りたくて」、取引先の飲食店との交流にも力を入れている。
「フリットには輪切りではなく縦切りで揚げたらサクサク感が増したとか」と話せば、すかさず「家ではどんな食べ方をしますか?」との質問が。「鬼おろしですりおろしてみそ汁に入れたりします」と宮本さん。皮は剥いた方が良い?蓮の実は食べない?など。次々質問するにつれ、レンコンメニューのイメージもどんどん膨らんでいくようだった。
◎れんこん三兄弟
茨城県稲敷市本新30-2
☎029-895-6488
https://renkon3kyodai.com/
◎茨城県営業戦略部県産品販売課
☎ 03-5212-9093
関連リンク