個性か世界基準か。新・“ジャパニーズオリーブオイル”の味を探して。
【神奈川】中田英寿のクラフト生産者を巡る旅 #01
2025.11.18
text by Kyoko Kita / photographs by Hiroyuki Omori, farmvil_shonan
全国の耕作放棄地がオリーブ畑に再生されています。瀬戸内で培われた栽培技術は、九州から北海道まで、各地の土壌と気候に合わせて進化しています。
神奈川・中井町の赤土にオリーブの木を根付かせたのは、大正時代から造園業を営み、地元サッカーチームを支え続けてきた「ファームビレッジ湘南」代表の眞壁潔さんと、妹のオリーブオイルソムリエ・市川和代さん。兄妹が目指すのは、スポーツと連携して生み出す“湘南らしい”オリーブオイルです。
本連載の案内人、中田英寿さんが農園を訪ねました。
目次
赤土に合う「品種」と「ブレンド」がある
オリーブの産地といえばスペインやイタリアが有名ですよね。「オレンジの栽培に向く土地はオリーブにも向いている」と言われます。神奈川県南西に位置する中井町は、もともとみかん栽培が盛んで、ここも一昔前までは一面のみかん畑でした。でも収穫や手入れが大変なので、高齢化してみんな手放してしまったんです。30年程前、耕作放棄地になっていたところを、造園業を営んできた父が買い取らせてもらいました。
2014年、オリーブを新しい特産品に育てようとした隣町の二宮町の町長(当時)の声掛けで、この地に300本の苗木を植えたのが「ファームビレッジ湘南」の始まりです。約1500平方メートルからスタートし、今では近隣の市や町を含む9万平方メートルの畑で約3000本のオリーブを栽培しています。
オリーブは樹勢が強く丈夫で、一般的な果樹より栽培がしやすいと言われますが、質の高いオイルを採るのは簡単ではありません。まず品種の問題があります。世界には約2000種類ものオリーブがあるとされていますが、どの品種がこの土地に合っているのかは植えてみなければわかりません。フラントイオ種など、イタリアやスペインでメジャーな品種を試したものの、結果が出ないものもありました。
同じ品種を植えても土壌や環境が違うと、味や香りは同じようにはならないんです。ここはヨーロッパに比べて日照時間が短いですし、雨が多く、高温多湿。土壌も酸性寄りです。同じ日本ですが、小豆島とも少し違うんですよ。小豆島の方が日照時間が長くて、雨量も多い。けれど水はけのよい土壌なので乾くのも早いんですね。湘南は関東ローム層の赤土なので、粒子が細かくてベタベタしているんです。
当初は、ヨーロッパで評価されるような、青々とした苦味、辛味、香りの強いオリーブオイルを作ろうと躍起になっていましたが、考え方を変えました。2~3年前からは、この土地に合った品種で、湘南らしいオイルを作ることを目指しています。
そもそもヨーロッパと日本では食文化が違います。向こうではジビエや赤い肉を好んで食べますが、日本人はだしなど薄味に親しみ、白身の魚や野菜の甘味を敏感に感じ分けます。日本の消費者に向けて作るなら、そういった繊細な食材に合うオリーブオイルを作っていくべきだと思ったのです。
すると、思いがけず海外からの評価もついてきました。スペイン・ハエン県で2年に一度開催される、国際的な見本市「EXPOLIVA」に出品すると、「程よい苦味と辛味のバランスが素晴らしい」「甘味がユニーク」と評価され、自分たちの仕事に誇りを持て、と背中を押してもらったのです。これは自信になりましたね。今は、自分たちが目指すゴールに合った土壌づくりや剪定の仕方を試行錯誤しています。
現在約10種類のオリーブを栽培していますが、私たちにとってブレンドは特に重要な工程です。最初に舌先で甘味を感じ、奥の方で苦味や辛味を感じて、青い香りが鼻に抜ける。そんな複雑さを大切にしています。今はイタリア品種のコラティーナ、スペイン品種のピクアル、アルベキーナが中心ですが、イタリアとスペインの品種を混ぜ合わせるなんて、日本ならではですよね。これこそがジャパン・オリーブオイルではないでしょうか。
今後は県内か都内で、うちのオリーブオイルを味わえるカフェを開きたいと思っています。少量生産なので、海外のオリーブオイルに比べてどうしても価格が高くなってしまいます。だからこそ、味わって選んでほしい。完熟のブラックオリーブで作ったオイル「耀(かがやき)」なんかは、完熟フルーツやナッツのような甘味があって、お豆腐のやさしい甘味がぐっと引き立つんですよ。合わせたい料理をイメージして選んでもらえるとうれしいです。
日本ワインの躍進がよい前例になりそうです(中田)
ワインと同じでオリーブオイルも、世界基準に合わせるのか、その土地ならではの個性を追求するかで考え方が全く変わります。地産地消や、その土地らしさを大事にするという挑戦を応援したいですね。
眞壁さんは「湘南ベルマーレ」の会長ということもあり、販売において協力関係を結んでいます。商品を試合会場で販売し、売上の一部がU-15の女子チームの活動費に充てられている。
近年、このようにスポーツと農業を掛け合わせる事例が増えています。意外に思われるかもしれませんが、実はこの2つ、「地域に根差したファンビジネスである」という点で親和性が高いんです。
メリットも双方にあります。若くして現役を引退するアスリートが多い中、農業がセカンドキャリアとして期待されている面もありますし、農業法人と組んだり、チーム自ら法人を立ち上げることで経営基盤の強化にもつながります。
一方、農業はといえば、担い手不足が顕著です。利益を出すには、大規模化し生産性を上げていくことが欠かせません。しかし、持ち主が異なる複数の農地を集約していくのが非常に難しいんです。地元のスポーツチームと組むことで、“信頼”や“応援”の名の下、その交渉が円滑に進む可能性があります。練習がないときにはアスリートに農作業を手伝ってもらうことで人手不足の解消につながりますし、販売の面でもチームがハブになれば効果的ですよね。
現在、「アス→ノウ」プロジェクトと称して農水省と施策の検討を進めています。スポーツ(アスリート)×農業という動きは、今後ますます加速していくことが期待されています。
「日本」を知ると、暮らしが変わる。
【新連載】中田英寿のクラフト生産者を巡る旅
2009年から全国47都道府県をめぐる旅を始めました。日本人としての自分が何たるかを知りたい、最初はそんな思いでした。各地を巡っていると、その土地の文化は自然環境によって育まれてきたことがよくわかります。様々な食材や工芸品の作り手に出会い、彼らが何と日々向き合っているのか、彼らが技術や知識として得た自然の摂理を聴いていく。すると、その尊さや素晴らしさに心打たれると同時に、多くの課題が見えてきました。そして彼らやその業界、文化そのものを支援していきたいと思うようになったのです。
僕たちの日々の生活を支えてくれている、そして日本の文化を支えている彼らが今後50年、100年続けていく為には何が問題なんだろう。自分たちにしか出来ないことは何だろう。それだけを考え、人と人を繋いだり、イベントの企画や商品のプロデュースをしたり、流通の仕組みを整えたりしてきました。
旅を始めて16年、僕がこの活動を続けているのは、ひとえに僕自身の暮らしがこの旅を通じて得た知識により豊かになるのを実感しているからです。知識が増えると、ものの見方が変わる、自分の好きなものを選べるようになる。特別な旅行が幸せなのではなく、日々の生活が特別になって行くのを感じています。生産者の方々と出会い、繋がり、また別の生産者を紹介して貰う。僕の旅は決して終わることはないし、旅を続けることが人生の幸せを作ってくれていると信じています。
中田英寿(なかた・ひでとし)
1977年生まれ。山梨県甲府市出身。元サッカー日本代表。引退後、2009年より16年以上にわたり全国47都道府県を旅し、2015年に日本の文化や伝統産業に革新をもたらし、未来へつなげるために「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。日本酒を始めとし、日本茶や工芸など日本文化の市場拡大に貢献するほか、地域の知られざる魅力を丁寧に伝えるウェブマガジン「NIHONMONO(にほんもの)」やポッドキャスト「NIHONMONO ~中田英寿 『にほん』の『ほんもの』を巡る旅〜」などで、日本文化を国内外に発信する活動を続ける。
◎ファームビレッジ湘南
神奈川県平塚市万田2-11-21
☎0463-72-8862
https://www.farmvil-shonan.co.jp/
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