【連載】韓国出身ロースターが日本で見つけたコーヒーの味の磨き方
第4回 大阪「OLIVER COFFEE ROASTERS」
2026.04.20
text by Sawako Kimijima / photographs by Jun Kozai
コーヒーは、日韓両国にとって外来の文化だ。日本人も韓国人も同じように“知る、学ぶ、取り入れる”対象として向き合ってきた。とはいえ、年月を経ると、お国柄が出てくる。日本で開業した韓国人ロースターの話を聞くと、日本のコーヒーの特質が浮かび上がる。スペシャルティコーヒーが浸透して、世界共通の基準や価値観を国の枠を超えて共有する時代だが、だからこそ大切にしたい自分たちの強み、深掘りすべきポイントに目を向けてみよう。
目次
- ■韓国からやって来るブランドと人材
- ■「カフェ・ド・ランブル」でコーヒーに目覚める
- ■日本で開業する理由――職人気質とクリアな味
- ■焙煎で豆のキャラクターを表現する
- ■“好きであり続ける”カルチャーが性に合う
今回の主役はキム・ヨンジンさん。1981年生まれ、韓国・蔚山(ウルサン)出身。2014年、日本を訪れた折に、銀座の老舗「カフェ・ド・ランブル」の浅煎りネルドリップコーヒーに衝撃を受け、コーヒーを生業にすべく会社員から転身。独学で知識と技術の習得に邁進した。韓国・日本、両国のコーヒー店を訪ねては知見を重ねる。2021年、結婚を機に日本に移住。2023年、大阪市北区に「Oliver Coffee Roasters」をオープン。
韓国からやって来るブランドと人材
2025年、韓国の大手コーヒーチェーンが続けて日本上陸した。東京に「MAMMOTH COFFEE」、関西には「fave COFFEE」。現在、前者3店舗、後者2店舗を展開中だ。
韓国のコーヒー業界が活発な様子は日本にも漏れ聞こえている。一例だが、スターバックスの韓国における店舗数は、人口が日本の半分以下にもかかわらず、日本より多い。世界の愛好家が支持するコーヒーカルチャーマガジン『Standart(スタンダート)』のディレクター室本寿和(むろもと・としかず)さんは、「業界の力強さを感じる」と語る。
「たとえば、釜山。街全体を”Coffee City Busan” と打ち出して、2024年には国際的なイベント、World of Coffeeを招致・開催するなど、行政とタッグを組んだプロモーションが目覚ましいですね」。釜山には世界のコーヒー豆を陸揚げしてきた歴史があり、今も韓国のコーヒーの95%がここを通っていく。
「街中のコーヒーショップはスタイリッシュな店が多く、個人店でもブランドとして対外的なコミュニケーションが作り込まれている」と室本さんは彼らのマーケティング力の高さを指摘する。「日本のコーヒーシーンは味覚や多様性など世界でもトップクラス。日本に進出するブランドがどういう戦略で展開していくのか、興味があります」
そんな韓国に出自を持つロースターが一人、また一人、日本で店を構え始めている。なぜ、日本を活動の場に選ぶのか? 大阪市北区で「OLIVER COFFEE ROASTERS」を営むキム・ヨンジンさんのケースを紹介しよう。
「カフェ・ド・ランブル」でコーヒーに目覚める
キム・ヨンジンさんは2014年、日本を旅する中で、東京・銀座「カフェ・ド・ランブル」の浅煎りネルドリップコーヒーと出会い、衝撃を受けた。元々がコーヒー好き。コーヒーの経験値は高かったが、それでも初めて知る味だった。「フルーツにハチミツをかけたかのよう。酸味や甘味に厚みがあった。果汁を入れたコーヒーかと思ったくらい」と振り返る。
探究心に火がつき、帰国後すぐにコーヒーの勉強を開始。様々なカフェへ足を運び、焙煎の手ほどきを受けては、自宅での実践を繰り返した。手網焙煎を皮切りに、小型焙煎機COFFEE DISCOVERYから業務用の直火焙煎機へとステップアップしていく間にも、度々日本へ赴き、コーヒー店を回った。職人の名店、スペシャルティコーヒーをリードする若手のカフェ、有名な店は一通り訪れた。
独学で技術の習得を図るキムさんにとって、コーヒー店めぐりは「味を知る」手段。ランブルの味に導かれたように、コーヒーを把握する手立てが味であり、味と技の関係を知ることが、理解へのアプローチだった。
日本で開業する理由――職人気質とクリアな味
一念発起して開業するにあたり、韓国で店を開く選択肢も検討しつつ、キムさんは日本を選ぶ。日本人女性と結婚したことも要因のひとつだが、何より自分が求めるコーヒーは日本にあると感じていたからだ。
「味の探求です。日本ではコーヒー豆の際立った個性やクオリティを引き出すことにエネルギーを注ぐ。飲み手の側もその味を受け止める」。求道的要素があるということだろうか。
韓国のコーヒー界はもう少しカジュアルらしい。スペシャルティが浸透して以降、キムさんいわく「生豆のレベルは全体に韓国の方が良いのではないか」と感じるクオリティだが、味を追求する姿勢は日本の方が顕著で、キムさんの志向に適っていたという。自家焙煎の文化を醸成してきた老舗のコーヒー職人たちへのリスペクトも背中を押した。
「日本のコーヒーの味わいのきれいさも、自分の価値観に合っていた。韓国はアメリカの影響が強く、エスプレッソ主体の抽出でボディと甘さを魅力とする。個人的にはドリップで抽出したクリーンさ、クリアさが好き」
突き詰めずにはいられない職人気質、雑味を削ぎ落した澄んだ味わいを追い求める志向(料理でも同様だ)、ドリップ文化が根付いた日本での開業は必然だったわけだ。
焙煎で豆のキャラクターを表現する
抽出にもまして心血を注ぐのが焙煎である。いかに焙煎して、豆の持ち味を引き出すか。そこにキムさんは醍醐味を見出す。生豆の水分と密度を測る機械で測定した上で、投入温度や火力の設定を考えて焙煎機へ。「焙煎は豆の味をデザインする作業」とキムさんは言う。
「クリーンカップを何より重視しています」。コーヒーの品質評価用語「クリーンカップ」とは、汚れ・欠点・キズがないことを指す。それはすなわちテロワールが鮮明に立ち上がる透明性を意味するそうだ。キムさんが大切にする「きれいさ」とは、雑味のないクリアさであると同時に、豆に備わるテロワールの表出なのである。
カーボニック・マセリレーション(二酸化炭素を充満させた密閉タンクでコーヒーチェリーを嫌気性発酵させる精製法)やインフューズドコーヒー(精製過程でコーヒー生豆を果物やスパイス、花、シロップ、酒類などと共に発酵させたり、漬け込んだりして、特有の香りと風味を豆に染み込ませたコーヒー)が脚光を浴びるなど、コーヒーの味覚領域を切り拓く技術革新が著しい。新しい味の広がりを歓迎しつつ、彼自身は「クラシックなプロセスにフォーカスしている。そのニュアンスが好きだから。加工度が高くなれば、ブドウがワインやジャムになるようなもの」とのスタンスを崩さない。あくまで表現したいのは豆のキャラクターであり、コーヒーそのものの味。
“好きであり続ける”カルチャーが性に合う
韓国へ帰ると、マーケットが大きく動いていると感じるそうだ。韓国はとにかく変化が速い。「その分、ビジネスのリスクも高いでしょうね。日本には“好きなら好きであり続ける”というカルチャーがある。目指すものがはっきりしている自分にはこの方が合っている」
店を開くまでの約1年間、奥さんと自転車でいろんな土地を見て回った。京都、奈良まで足を伸ばした。その上で不動産屋へ行き、物件を検討した。
大阪メトロの天神橋筋六丁目駅から徒歩12、13分。駅からやや距離があるし、繁華街ではないが、商業地と住宅街がほどよく混ざったエリア。「観光客が来るエリアじゃないのがいいんです。ロケーションは大事だけれど、成否を決めるのは立地だけではない。おいしいコーヒーを淹れ続けたなら、人はここまで来ると思った」
取材時、たまたま来店していたのが韓国出身の顧客、グ・ボンジュさん。大阪・中之島の「グリッチコーヒー」で薦められて通うようになったという。
「浅煎りが苦手で、スペシャルティコーヒーが苦手でした。この店で初めてスペシャルティをおいしいと思うようになった」。今では、スペシャルティで有名なカフェをいろいろ訪れるようになったそうだ。「キムさんのコーヒーは、豆ごとのフレーバーが明快に異なります。キャラクターの違いがよくわかる。あぁ、彼は豆の味を探っているんだなって、思うんですよ」
スペシャルティコーヒーの浸透と共に、コーヒーは様々なファクターで語られるようになった。人権、労働、気候変動、経済格差、コミュニティ、ジェンダー・・・。社会課題を考えるツールとして取り上げられることも多い。カフェが幅広い層にとって身近なタッチポイントだからだろう。コーヒーはおいしい。だからこそ入口になる。
ひたむきに豆を見つめ、味を突き詰めるキムさんのコーヒーが持つ純粋性は、確かに、職人性を尊ぶ日本の精神風土と相性が良いのかもしれない。「以前は、インパクトを持たせたくて、香りを強く出すように意識していた。最近は、豆本来の持ち味を素直にストレートに引き出す焙煎、シンプルな焙煎を心掛けています」。“豆に忠実であれ、豆に誠実であれ”と自らに課す姿勢はいよいよ明快である。
さらなるスキルアップ、ステップアップを目指して、今年はSCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)が開催する焙煎の技術を競う競技会「ジャパン・ロースティング・チャンピオンシップ」に出場するつもりだ。
◎OLIVER COFFEE ROASTERS
大阪市北区長柄中3-6-17
10:00~18:00
月曜休
Instagram:@olivecofferoasters