シュタインバイザーの森、再び。生物多様性の回復を図るオランダの2人組の今
2026.03.05
text & photographs by Azusa Kumagai
今の私たちの「食べ方」を問い直し、持続可能な将来を見据えた新しい選択肢を探る実験的ガストロノミーイベントの主催者、ヤオ・ワインスマとマーティン・カリク。2009年よりおいしいプラントベースを追求してきた2人が、2022年、オランダ国内に複数の森を購入し、絶滅危惧種の保全活動に乗り出した前回のリポートから1年半。気候変動や生物多様性の喪失といった地球規模の課題を「植物に光を当てて」食い止めようとする2人の取り組みを、植物写真作家の熊谷あずさが追う。
前回のリポートはこちら
森を再野生化(Rewilding)するオランダのユニット「シュタインバイザー」って知ってる?
目次
再生を目指す森の今
次回は秋に、ここに来よう。そう誓ったのは2024年の夏。オランダのクリエイティブユニット「シュタインバイザー(Steinbeisser)」のヤオとマーティンに初めて会い、循環のバランスを崩した森と、絶滅に瀕した危惧種の植物をなんとか再生させたいとの思いに触れた、緑色の季節だった。そして今回訪れた秋のオランダの森には、数日後に本格的な冷え込みがくるとの予報。最後の黄色い葉がはらはらと舞い散り、ひんやりとした空気が身体を包んだ。
前回の訪問では、彼らが取り組み初期に播いた絶滅危惧種のタネから発芽した、オトギリソウの一種の開花に歓喜したものだが、今回は残念ながら消えていた。一方で、2年前に播いたエニシダの一種が、今年はしっかりと芽を出し、増えていた。葉の付け根に硬い棘があるおかげで、シカによる食害を免れているのだろう、とマーティン。20〜30年後には、蝶のような黄色い小花を咲かせるこの植物が森に溢れていたらいい、と屈託のない笑顔で話す。それはかなり先の話なのだが、豊かな生態系を復活させるための心持ちとは、とかく寛大に、忍耐強く、そしてなによりのんびりと構えて待つべきものなのだ。
再生を目指すこの森に、相変わらず道らしき道はない。棘が鋭いキイチゴ類にたびたび噛みつかれ、グローブなど貫通しては手に刺さる。丈夫な長ズボンも引っ掛けて破きながら、藪漕ぎで前へ進む。つるを伸ばして行く手を阻むキイチゴ類は、在来種・移入種ともに毎年新しい種が確認され、すべてを同定して記録するには、まだまだ学びが必要だという。
この森のローム性砂質土壌と非常に相性がいいという在来種のセイヨウヒイラギも、成長が期待できることから増えて嬉しい植物とのこと。辺りを見渡すと、膝下程度の小さいものから、人の背丈くらいのものまで、ちらほらと定着し始めていた。
「棘を纏うこと」。植物が主に身を守るために発達させた形態だが、どうやらこの森で生き残っていくためにも、その機能が存分に発揮されているようだ。
木の倒伏を待ち、どんぐりを播き、きのこの出現を喜ぶ
前回の訪問からわずか1年半だが、人工林時代に活躍したマツ類を見渡すと、斜めに立っているものが確実に増えていた。人為的に切り倒さず、自然に倒伏するのを待っているシュタインバイザーの森の再生プロジェクトにとって、とてもいい傾向だ。重みで土が圧迫されて硬くなるため、重機は使わない。また、植物は切られることで一層強く生きようとして勢力を増すため、できるだけ自ら枯れるのを待っているからだ。
落葉樹が葉を落としている最中の秋の森ということもあるが、空がかなり広く感じられた。斜めに立っているマツ類と、その足元の倒木。躍動的に変わりゆく森に立ち、自然の循環を肌で感じては、そのダイナミズムに唸らされた。
とあるメディアで、めぐる森の創出を目指す人物のドキュメンタリーをみた、とマーティン。そこでは、「自然に循環する森の50%は倒木」であると言っていたそうで、その言葉が含む自然の摂理に共鳴し、深く感銘を受けたとのこと。「美しい森」とは、まさにいま、目の前で始まっている循環システムの総体なのだ。
マツ類の倒伏により、ギャップ(森林生態学用語で、森林の上部の隙間のこと。これにより暗かった林床に太陽光が注ぐ)ができた場所に、二人は貯蔵していた在来種のナラのどんぐりを、鷲掴みにして播いていく。アンダー・スローで投げ播く姿は、さながら力士の「清めの塩」のようで手慣れたものだ。こうして、単一栽培の人工林から多様性に富む温帯落葉樹林への移行を促すための作業を、粛々とこなしていく。移入種の植物もいまだに勢力を落とさない林床だが、以前播いたどんぐりがあちこちで発芽し、成長を始めていてにぎやかだ。ここは循環の内でも次の段階に入っている、と言うマーティンの表情も明るい。
さまざまな色や形の子実体(胞子を形成するための構造)を広げた菌類、いわゆるきのこが、森全域で最盛期を迎えていた。秋にここへ訪れたかった理由のひとつは、この菌類の定着具合から、循環の密度がどの程度なのかを計り知るためだ。倒木の腐朽を促す「森の分解者」の表出は、その役割の重要性と、デザイン性の高さも相まって、我々を大いに喜ばせた。
在来種か、移入種か。
絶滅危惧種の保全を目指す彼らにとって、この森に生きる植物を識別し記録することは、最も重要な作業のひとつだ。新しく見つけた植物はその場でウェブ検索し、アーカイブしていく。蓄積される知識をもとに、在来種は温存し、移入種は取り除いていく。
例えば、鋸歯(葉のふちのぎざぎざした部分)の有無や形、葉の大きさなどから、種の違いを識別する。取り除きたい移入種を見つけると、若木などの小さい個体の場合には、可能な限り根から丸ごと抜き取る。
バード・チェリーは、在来種と移入種で、幹の質感にほとんど差異がないことから、葉を付けている時期でなければ識別できない。葉を落とし切る間際のいまが、森から取り除くためのラスト・チャンスだ。
この日、引き抜かれた移入種のバード・チェリーはそのまま雨に打たれ、赤い根を露わにした。本心では、抜くことは忍びなく思っている、とマーティン。このあと木材として使ってあげることはできないものか、と呟く。そこで、同じバラ科バラ属で性質が似ている、日本国内に自生するエゾノウワミズザクラの利用法を例に挙げ、地域により赤い根皮は染色に使われ、密度が高く硬い幹は工芸の材料にもなる、と伝えて、その思いに寄り添った。
この先も対処し続けなければならない移入種問題。ほかにも、ヤオとマーティンの前に、大きな課題が立ちはだかっていた。
イタドリの林で途方に暮れる
この森には、かつて暮らしに利用するために広範囲にわたって肥沃な土を掘削し、あとに残った窪地がある。その特殊な地形を、まさに占領して生い茂るイタドリの群生をみた。英名は “Japanese knotweed”、日本からの移入種だ。
そのむかし、葉と花の優美なバランスに魅了され、園芸の華として珍重されたそうだ。瞬く間に流行してヨーロッパ全土に広がったイタドリは、持ち前の勢力の強さで抜かりなく野生化し、いまでは侵略的外来種として扱われ、厄介者になっている。各地で不動産価値を下げるまでになり、土地所有者を悩ませているという。車両に踏み固められた土やコンクリートでさえも容赦無く壊して伸び広がる根をもち、この森では等しく競合して棲み分けられる植物種が無いため、一人勝ちのような状態で異様な光景を作り出していた。放置すれば、このまま森を覆っていく可能性もあるそうだ。
前回の森訪問以降、度々オランダと日本をオンラインで繋いで相談を受けていた、手に負えないイタドリ問題。実際にその規模の大きさを目の当たりにして言葉を失い、途方に暮れる2人の表情も切ない。
背丈が3メートルに届きそうな「イタドリの林」に、マーティンとともに踏み入った。単一植物に乗っ取られ、多様性を欠いた土壌特有の微生物の少なさを感じ、経験したことのない空気が流れていた。根ごと取り除くために駆除業者に外注すると、家を買えるほどの費用がかかるそうだ。黄色い葉の群生を前に、これまで2人が頼った専門家のアドバイスや文献情報に加え、日本国内の自治体の対処例を交えたりしながら論議したが、答えはまだ見つかっていない。
私たちが最低限できることは植物に光を当てること
森での取り組みを始めて3年ほど経過し、身をもって自然のダイナミズムを知り、問題を解決するために植物についてさらに学びを深めたことで、彼らが主催する実験的ガストロノミーイベントにおいてもより「”positive”(前向き)な視点」をもって活動するようになったという。
たとえば、メニューに栽培種と野生種を組み合わせたり、特定の植物相(ある地域に自生している植物種の総体)からインスピレーションを得た料理の考案を試みたりするようになった、とのこと。イベント開催場所の選定においても、これまで会場としてきた歴史的建築物だけでなく、周囲の自然や菜園を通して参加者一人ひとりの心に前向きな変化をもたらすような場所を探しているという。
「植物はプラントベースメニュー全体を構成するものであり、生態系の回復への認識を高めるために私たちが最低限できることは、植物に光を当てること」。シュタインバイザーの思いは揺るがない。
ゲストがタネを播き、のちに芽を出した植物が自然の一部になるような体験を織り交ぜる。森の循環を感じさせる再生可能な素材を用いてアーティストが作製するカトラリーや食器を使用する。こうして食と芸術を組み合わせることで個人の心に変化をもたらし、生物多様性保全の促進につなげたい考えだ。
日々、思わしくない方へと向かう自然環境を悲観するほかに、人が持ち得る想像力を最大限に生かして出来ること。それは、現状を改善するために「学びを共有」し、一人ひとりが気づきを得て、持続可能な解決策を見出していくことだ、とマーティンは力を込める。
彼らはこの理念を実現するために、イベントの総収益のおよそ80%を費やしてフランスのピレネー山脈の一部を購入し、新たな土地で生物多様性保全の取り組みを始めた。オランダに所有する現在の森とは対照的な、放牧や草刈りなどの「人の活動」が生物多様性の向上と維持に貢献している地域だ。ここに研修施設を構え、相反する環境の有り方から見えてくる現状を体得し、共有するための場所にしていきたいという。
移入種問題をはじめ、人と自然との関わりをどう捉えていくか。一元的な考え方では向き合えないことを痛感している2人だが、森の再生と実験的ガストロノミーイベントは「植物に光を当てる」活動として融合し、新たな目標に向かって”positive”に、先へと進んでいる。
熊谷あずさ / 植物写真作家
植物を取り巻く環境と、そこに介在する相互作用に焦点をあてる撮影方針に共感したシュタインバイザーの依頼を受け、かれらの森の植物の遷移を撮り始める。自然科学と自然哲学の視点に基づく作品制作を、展覧会や著述などを通して国内外で行う。登山歴20年。東京都内在住。
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