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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

森の中の養鶏を復活させ、「あるべき味覚」を届ける女性の話

Vol.82 トスカーナ州アレッツォの食肉養鶏者

2026.01.08

森の中の養鶏を復活させ、「あるべき味覚」を届ける女性の話

text by Paolo Massobrio / translation by Motoko Iwasaki

連載:イタリア20州旨いもの案内

森というと二つのイメージが頭に浮かぶ。一つは薄暗い、野性と文明の境界線というミステリアスで人の心に不安感を煽る場所。そしてもう一つは活力と神聖さを湛え、物質世界と精神世界が交差する成長と再生の場だ。それに誰かが言っていた、「森に入る勇気がなければ、おとぎ話は生まれない」とね。


鳥の意志を尊重し、生物多様性を守る森の養鶏

ラウラ・ペーリ(Laura Peri)が描いたおとぎ話は、2004年、彼女が多国籍企業のマーケティング部の職員を辞め、ヴァルダルネーゼ・ビヤンカ(Valdarnese Bianca)種のための養鶏復活に着手した時に始まる。この品種は野性的で手なずけるのが難しく、だが食肉用としては身がしまり、深い味わいのあることで知られる。

トスカーナ州の中央、アレッツォ県のヴァルダルノ渓谷上部ヴァルダルノ・スーペリオーレ

トスカーナ州の中央、アレッツォ県のヴァルダルノ渓谷上部ヴァルダルノ・スーペリオーレ(Valdarno Superiore)、厳密にはモンテヴァルキ(Montevarchi)地区にある飼育場に彼女を訪ねた。

「私の祖父アンジョリーノ(Angiolino)は、私がまだ幼かった頃、私をトラクターに乗せて森の中にある鶏の飼育場に連れていってくれました。森の中で養鶏を行うと、成鶏になるのに5~6カ月とかなり時間を要します。日中は外で自由にさせ、夜になるといくつかの小さな小屋に分散して入れます。限られたスペースに押し込められることをとても嫌がりますが、日中は好きなものを好きなだけ食べられるし、この地域の森の環境は生物の多様性の点で申し分ない。だからクライアントには身が締まり、味わい深く、なにより健康的に育った鶏肉を提供できて、ヴァルダルノ地域の伝統的な農業の鑑(かがみ)のようなもの。消費者の食卓に、かつてのような、こうあるべきという味覚を届けることが出来るでしょう」

森の中で養鶏

そう言われてみれば、ヴァルダルノの鶏肉といえば、1950年代にはこの地域の農産物のプリンス的存在だった。その後、その小ぶり(メスで0.9~1.2kg、オスで1.4~1.8kg)で生産性が低く、成長に時間がかかるのと同時に飼育場の立地の難しさがたたり、この品種を飼う者はほとんどいなくなり、わずかに数軒が自家消費用に飼う程度になってしまった。

「私は7羽の牝鶏と1羽の雄鶏から飼い始め、今では約8ヘクタールの森で、年によって違いはあるものの、2千から3千羽の鶏肉を生産しています」

彼女の農場の入り口に到着すると、オスカー・ワイルドの名句が僕たちを迎えてくれる。
『伝統とは、良く出来たイノベーション(La tradizione è un’innovazione ben riuscita.)』

これは単なる格言でもなければ、ちょっとした挑発なんかでもなく、ものづくりに励む人の多くが信条としていることを読者諸君も承知のことだろう。

自然の中の鶏

ラウラは次から次へと、まるで火山噴火のようにアイデアを思いつく女性だが、自身の価値観と照らし合わせながら伝統を尊重する中で、結果的に最善の選択をしてきたと思う。

「飼育方法は100年前のそれと基本的に同じですが、健康に関する食品の役割の研究を同時に行っています。と殺工程はEUの認証も取得していますが、私が養鶏を考えるうえで常に指針としているのは、この鶏肉が自分の食卓にのったとき、それを食べたいと思えるものを生産しているかどうか。私たちの作業場では、と殺は一羽ずつ行い、足は一本一本きれいにし、それぞれの鶏に対して適当な時間をかけ、細心の注意を払い、最後の工程まで丁寧に作業を進めています。
そして必ず鶏の羽毛を濡らさずにむしり取ること。これは実は沸騰したての湯に浸けてからむしり取る伝統的な方法とはほど遠いのですが、こうする(鶏の皮の表面に水分と熱を与えない)ことで品質を最高に保つことが出来ます」

鶏の羽毛

ラウラは飼育する鳥の種類も増やした。地域の伝統的品種ヴァルダルネーゼ・ビヤンカの他に、反抗心旺盛ながら肉になるととてもデリケートなヴァルダルネーゼ・ネーロ(Valdarno Nero)。この品種も野外で飼育するが、読者諸君もあのキャンティワインのシンボルマークとなっている黒の雄鶏がそうだといったらピンとくるに違いない。また、ホロホロ鳥のファラオーナ・グリージャ・コムーネ(Faraona Grigia Comune)種は特徴的な濃い味わいがあり、森の環境で嬉々として成長を遂げる。一方、鴨のムータ(Muta)種はオリーブ畑のような自然環境をより好むそうだ。そして鳩とウズラを彼らに適した鳥舎で飼育している。

黒の雄鶏
ホロホロ鳥のファラオ―ナ・グリージャ・コムーネ種
鴨のムータ(Muta)種

これらの家禽類の飼育環境は、柵で区切り、ローテーションで使用しているが、各エリアの環境浄化も自然なかたちで行いたいと、草木が再生するまで年に4カ月間は養鶏利用を休止する。その間にラウラは、ラベンダーやホップ、サンジョベーゼ種のブドウやオリーブの木など、あれこれ入手しては植え続け、森を利活用することで循環型経済を実現している。

ラベンダーやホップ、サンジョベーゼ種のブドウやオリーブの木など
ラベンダーやホップ、サンジョベーゼ種のブドウやオリーブの木など
ラベンダーやホップ、サンジョベーゼ種のブドウやオリーブの木など

彼女の人生のパートナーのアントニオ・マッサ(Antonio Massa)は、ホップを利用して、ビール工房「ビッリフィーチョ・ヴァルダルノ・スーペリオーレ(Birrificio Valdarno Superiore)」を立ち上げた。醸造されるビールの中には、やはりラウラの森で栽培されたラベンダーを使用したものもあるそうだ。ラウラの飼育場では、ガイドツアーや各種体験コーナー、試食会など体験学習イベントも企画している。

彼女の人生のパートナーのアントニオ・マッサ

こうした取り組みからラウラの生産する鶏肉は高く評価され、イタリア国内の有名シェフらが「ラウラ・ペーリ飼育場産の鶏肉」とメニューに明記するまでになった。彼女は少女みたいにちょっと顔を赤らめてこう言った。

鶏肉

「高級レストランで使ってもらえるのはとても光栄なことです。けれど、私の鶏たちは、伝統食材に高い興味をもつ個人消費者の皆さんもとても評価してくれているんですよ。直接販売をしたいと、モンテヴァルキの町の中心部にショップをオープンしました。鶏肉の他にも、鶏のレバーソース、ホロホロ鳥のラグー、砂肝とタマネギ&人参煮込み、ホロホロ鳥のサラダの瓶詰、トスカーナの伝統的な塩漬け方法を用いた鴨の生ハム、そして“オルチ”という伝統的な容器でホップの花と一緒に漬け込んだペコリーノチーズなど、農業法人として私が生産している全ての商品を販売しています」

商品ケース

「私にとって大きな喜びは、私のお客様、レストラン経営者や食に興味をもった消費者のみなさんが私の仕事を評価してくれること。この仕事をやっていこうと思ったら、靴が汚れたって気にしていてはダメ。そして自分が好きな仕事をしているなら、それはもう仕事の範疇を超えていると思います」

彼女は商売敵だって恐れちゃいない。それどころか彼女の飼育方法による新たな養鶏者の参入を推進し、ヴァルダルネーゼ種鶏肉のかつての栄光を地域に取り戻そうとしている。

ヒヨコ

「現在では、もうこの品種のヒヨコは入手できないんですよ。だから自分で繁殖用の鶏を飼い、ヒヨコをふ化させています。朝、小屋の戸を開けてやり、夕方戸を閉めに行きます。繁殖用の鶏の一家のなかに面白い牝鶏がいて、夕方鶏たちを小屋に入れようとするとその子は入ろうとしないんです。一度その子に『ほら、入らないと一晩中外にいることになるわよ!』とお説教したら、雄鶏が小屋の中から一目散に駆けてきて、その子の頭を突ついたんです。それで仕方なくその子も小屋に入ったのですが、それからというものその牝鶏は二度と面倒を起こさなくなりました。誰かが、鶏を間抜けな動物のように言うことがあると、いつも私はこの鶏たちのことを話してあげるんです」

ラウラさん


Laura Peri
Piazza Varchi, 13 Montevarchi(AR)
Cell. +39 3336606279
www.lauraperi.com

パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
https://www.ilgolosario.it/it

『イル・ゴロザリオ』とは?

『イル・ゴロザリオ』とは?

イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーション

私たちの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べよう」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

そして、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、2016年にそれぞれのWEBメディアで記事交換をスタートしました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。

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