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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

79歳。「身につけた技術を忠実に守って、質の良いコーヒーを作るだけ」

生涯現役|高知・四万十町「淳」川上章雄

2025.10.23

text by Kasumi Matsuoka / photographs by Taisuke Tsurui

連載:生涯現役シリーズ

世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。


川上章雄(かわかみ・あきお)
御歳79歳 1946年(昭和21年)2月1日生まれ

高知県高岡郡四万十町生まれ。サッカーの強豪校である国士舘大学を卒業後、神奈川県の高校で保健体育の教師を勤める。30歳手前で、教師をやめて高知にUターン。最初は喫茶の隣にあった実家を改装し、パブを開店して切り盛り。その後、父から喫茶を継いで現在に至る。現在は会社を定年退職した妻と二人で店を営む。

(写真)コーヒーを淹れる川上章雄さん。カウンターの奥には、年季の入った道具が並ぶ。コーヒー豆は、30年以上の相棒になる4キロ釜を使って焙煎。「毎日、少量ずつでも焙煎した方が美味しい豆を楽しめます」(川上さん)。焙煎のタイミングは、減り具合に応じて臨機応変に。毎日焙煎する時もあれば、3日空く日も。1回の焙煎量は約13キロだという。


コロンビア、サントス、グアテマラ、マンデリンの4種類の豆をブレンドした「オリジナルブレンド」。「自家焙煎を始めて以来、ずっとうちの定番のブレンドです」と川上さん。旨みと苦味のバランスが絶妙にマッチした深みのある味わい。焙煎した豆の店内販売や発送にも応じている。  

自分の「おいしい」と思う勘を信じて

ここは元々、父親が開いた雑貨屋やったがです。それを改装して喫茶にしたのが、今から60年前のこと。私は父親が喫茶を開いて約10年後、それまで勤めていた高校教師を辞めて、高知にUターンして店を継ぎました。

とはいえ、父の後をそのまま継ぐのは面白くない。何か自分の色を出したいと思った。そこで思いついたのが自家焙煎でした。最初は小さな焙煎機を買って始めて、「この味がおいしい」とたどり着いたのが、中深煎り。焙煎はどこかで修業したわけではなく、とにかくいろんな本を読んで研究しました。一番影響を受けたのは、「カフェ・バッハ」の田口護さんの本。焙煎前の生豆を選別する作業の大切さも、田口さんの本から学びました。最終的には、自分が「おいしい」と思う勘を信じて、自分なりの味ができたと思います。

焙煎は、試行錯誤の繰り返しで、いつまで経っても難しいのが面白さでもある。焼き止めの温度も、豆の種類や鮮度によって変われば、季節や天気によっても変わる。そのさじ加減が難しいけれど、コツさえ掴めば、焙煎は誰でもできるものだと思います。

よく「こだわりは?」と聞かれるけれど、特にありません。いいコーヒー作りとは、身につけた技術を忠実に守って、品質の良いコーヒーを作ること。これに尽きると思う。「おいしい」「まずい」という評価は、そこまで気にしません。なぜならそれぞれの好みがあるし、それは個々の客が判断することだと思うから。自分は、自分がおいしいと信じる味を追求する、ただそれだけです。

僕は四人兄弟の次男で、僕も含めて兄弟はみんな東京に出ました。父は上京したらコーヒーの勉強がてら、いろんな喫茶に行ってましたね。ある時、父が兄弟四人に向かって「誰か帰ってこないか?」と言ったんです。そこで「帰ろうか」と言ったのが僕。学生時代からそれまでサッカーに熱中してきて、赴任した高校では新たにサッカー部も立ち上げてと、一定やりきった感があったんです。このあたりで別のことをやるのもいいかなと思いました。

とはいえ、喫茶やコーヒーについては素人だから、まずは東京でサントリーが運営するバーテンダーのトレーニングセンターに半年通いました。一流の講師陣のもと、アルコールだけでなく、コーヒーのいれ方やソフトドリンクも含めて、基礎を教わったのは良い土台作りになったと思います。

朝は6時頃に起床して、家から店まで20分ほどの道のりをウォーキング。店に着いたら、朝ごはんに好物のお餅と、味見を兼ねてコーヒーを3杯ぐらい飲むのが定番。餅がなかったらチーズを乗せたパンを食べます。その後、8時半頃からお湯を沸かしはじめて、開店準備。注文が入るごとに、1杯ずつコーヒーを淹れます。昼は店の裏で、妻が作ったおかず、味噌汁、ご飯を食べます。夜は赤ワインを飲みながら、家族が食べるおかずをつまみます。

父から店を継いで50年。長い客は20年以上の付き合いになります。店を続ける楽しみは、お客さんといろんな話ができること。この歳になって仕事ができるのが一番の幸せで、ありがたいことだと思っています。あまり過去のことは振り返らないし、食べていけりゃいいという感じ。気負わず、自分がおいしいと思う味を信じて、日々コーヒーを淹れる、それだけです。


ジャズが流れる落ち着いた店内には、亡き父による手書きのポップ類やメニュー、写真などがずらり。「父は多趣味な人で、カメラにジャズと、いろんな世界を持った人でした」(川上さん)。古くて味のある店の雰囲気を好んで、老若男女が訪れる。
店の名前の「淳」は、父の名前「淳二郎」から一文字とったネーミング。元々は雑貨店だったが、コーヒー好きだった父が1964年(章雄さんが大学に入学した年)に喫茶に転向した。当時は周辺に喫茶はなかったが、その5〜6年後に喫茶店ブームが到来。時代の流れとともに、多くの客が訪れるようになる。

毎日続けているもの「コーヒー

◎淳
高知県高岡郡四万十町茂串町6-4
☎0880-22-0080
9:00~18:00 火、水曜休
JR四国土讃線窪川駅より徒歩9分

■ご意見・情報はメールで(info@r-tsushin.com)

(料理通信)

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