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PEOPLE / 生産者・伴走者

まだ知らない日本茶の味がある。永世茶聖、手もみ茶職人・中島毅

2025.05.02

text by Michiko Watanabe / photographs by Sai Santo

迷ったときは、「手もみに戻るのが一番」と、若き永世茶聖、中島毅さん。
永世茶聖__全国にわずか2人しかいない称号を持つ、手もみ茶職人の一人である。
昨年11月から、埼玉・仏子のフランス料理店「ウェロニカ・ペルシカ」のティーペアリングの監修をはじめた。ワイングラスに茶を注ぎ、狭山茶のテロワールを語りながら8皿のフルコースと寄り添わせる。ノンアルコールの波が広がるレストランで、茶の原点を知るスペシャリストの知識と技術が求められる時代がはじまっている。

目次







手もみ茶から始まるティーペアリング

料理とドリンクのマリアージュを楽しむペアリング。近年はガストロノミックなレストランでも、アルコールだけでなく、ノンアルコールペアリングを好む人が増えている。そんな中、フレンチのコースと日本茶のペアリングを楽しむイベントが、埼玉県入間市のフランス料理店「ウェロニカ ペルシカ」で開かれた。ティーペアリングに挑んだのは、日本茶の三大産地のひとつ、茶どころ狭山で江戸末期に創業し、250年の歴史がある「大西園」の14代目、中島毅さんだ。

コースが始まる前にテラスで供された「手もみ茶」を飲んで、日本茶の概念がひっくり返るほどの衝撃を受けた。「手もみ茶は日本茶の最高峰と言われているんです」。その後は、コースの流れに寄り添って、お茶もあっさり青みを感じるものから次第に香ばしさが加わり、やがて強い甘味旨みへ、というように変幻自在。フレンチのおいしさもさることながら、お茶の存在感、奥深さに魅了された。中でも強烈なインパクトを受けた「手もみ茶」。その秘密を知りたくて、中島さんのもとを訪ねた。

秋晴れの心地よい日。コースが始まる前に、茶畑を前にしたテラス席で手もみ茶を振る舞う「大西園」中島毅さん。畑から抽出まで担う中島さんのプレゼンテーションは、食事をさらに知的な体験に。
「ウェロニカ・ペルシカ」は、地産地消を深堀りし、土地にすむ酵母菌や歴史、伝統を取り込んだ、”ミクロ”で土地に根付づくフランス料理を提供する。写真は「狭山豊香茶」(後述)とともに提供された前菜。すべて半径30キロ県内の食材を使用。坂戸市セラーノの生ハム、飯能市の地酒「天覧山」の酒粕を練り込んだポンデケージョ、同市吾野の鹿肉のリエット、川越「大野農場」のオリーブの木に摘みたてのミッション種の塩漬け。

色も厚みも輝きも、別格

中島さんは高校を卒業後、静岡・牧之原にあった『野菜・茶業試験場』(現・農研機構果樹茶業研究部門:金谷茶業研究拠点)へ。研修生として2年間学ぶのだが、そこで手もみ茶作りを習う。「そもそも、手もみ茶はお茶作りの原点なんです」。祖父の代には手もみ茶が多かったが、父の世代はお茶の黄金期で、作れば作るほど売れた時代。手仕事では間に合わず、機械化が進んだ結果、手もみ茶ができない人が増えた。「そして僕らの世代は、お茶作りの技術を習得し伝承しなくては、と学んだ世代」

では、手もみ茶とは何か。実は中島さん、日本でただ2人という永世茶聖の称号を持つ。この称号、本来は、全国手もみ茶振興会主催の「全国手もみ茶品評会」で日本一を5回獲得し、かつ振興会が認定する資格の最高位「茶匠」を有する人にのみ与えられるもの。茶匠は50歳以上でないと資格がないが、中島さんは40代。資格は一つ下の「師範」である。

だが、これまで品評会で8回も日本一を獲得している実績を鑑み、2020年に年齢の枠を超えて日本初の永世茶聖が授与されたのだ。中島さん、41歳だった。

大西園の茶畑の大部分は、機械摘みに適したアールがついた形。昔は当時の機械に合わせて半円形だったが、北と南で日照時間に差がついてしまうため、現在ではほぼ平らに近い形状に。
手もみ茶専用の茶の木。土壌は草で保温され、葉も大きく、茎も太く、のびのびと育つ。機械摘みはできず、「成長具合と状態をピンポイント指定した芽を摘んでもらうため、家族としかできないんです」
取材日は4月末に控えた茶摘みのシーズンの直前。下の葉が土台となり、土から吸収した栄養を取り込むことで育つ上の新芽を摘む。茶畑は年々背が高くなるが、数年に一度「中切り」を行い、茶木を若返らせる。

「このあたり、関東ローム層つまり火山灰の土壌なんです。“黒ボク”といって、3万5000年ぐらい前に、ススキなんかを野焼きした炭が蓄積した地でもある。肥料が吸着しやすいし、保水性があるんです」。すり鉢状の底にあたる地なので、寒暖差も激しい。狭山茶のおいしさは、そんなところからもきている。

大西園の広い茶畑の中に、茶葉の色も厚みも輝きも違う一角がある。これが品評会用、つまり手もみ用の茶畑である。品種はやぶきた。1年かけて栽培管理を徹底する。
「冬前にはしっかりと栄養を与えた上で冬越しをさせる。そうすることで、肉厚で味の濃い新芽が出てくる」。その新芽を家族だけで1時間半ほどかけて手摘みする。新芽にはテアニンという甘味旨みの成分があるのだが、紫外線によって苦み渋みのもとになるカテキンへと変わる。それを防ぐために日差しを遮る幕を張る。

「少し暗くして甘味と旨みを充実させるんです。碾茶とか玉露だと30日とか被覆するんですけど、品評会の基準は1週間から10日。かぶせ(被覆)が長いと減点されます」


“鶴の恩返し”の8時間

手摘みした茶葉は蒸してから、焙炉(ほいろ)と呼ばれる、下から加温した台の上で、葉をふるう、転がす、撚る、もみ込むなどの作業を施すのだが、中島さんは「道具にもこだわりたい」と、木枠に貼る和紙を厳選。何十種類と集めて実験し、楮(こうぞ)の固さ、厚さ、密度までこだわった岐阜の和紙を用い、自ら貼っている。

いま使っているのは2010年に貼ったものだ。使い込まれた和紙は、どこで貼り合わせたのか境目がわからない。まるで和太鼓の皮のように見える。押してみると弾力がある。「厚すぎても薄すぎてもダメなんです」

2010年に貼られた使い込まれた和紙。継ぎ目が全くわからない。中心部分の表面はまるでガラスのようにツルツル。
手もみ小屋。製茶の作業は、常に中腰で行われるため、体力的に作業できるのは1日1回。「楽をしようと姿勢を起こして、高い位置からもみ込もうとすると、ほいろとの距離がありすぎて茶葉が早く乾き過ぎてしまいます」
生葉自体が少なく、作業は8時間にも及ぶため、大会に向けたトレーニングは常に「一葉入魂」。

敷地の一隅にある小さな小屋にひとり籠もって、手もみをする。中腰で頭を前につんのめるように、重心を低くして体重をかける。前屈みでひたすらもみ込むこと約6時間。足腰にかかる負担は大きい、孤独で過酷な作業だ。最初は体を鍛えて挑んでいたが、最近は体の負担の少ない使い方が少しわかるようになってきた。

温度変化が起こらないよう、扉は閉めたまま。エアコンはあるが使用せず。温度が上昇してくると換気扇で調整する。「鶴の恩返しではありませんが、誰も見たことがない作業(笑)」。手はずっと茶葉に触れている。どれだけの水分があるのか、どのように水分が抜けていくのか、香りや重さがどう変わるのか。1時間後どうなるか、2時間後どうなるか。五感を研ぎ澄まし、手からの情報を読み取る。

「手もみ茶は、その年の一番最初に行う製茶ですから、その年のお茶の特徴をつかみやすいんですね。どうもめばいいかもわかる。これが機械製茶に生かせる」。何と、併設する工場での機械茶も中島さんがひとりでこなす。「機械も茶葉の様子を見ながら、最終的には人の手で細かく調整していきます」

製茶工場の機械は手もみを行う人の手の形。機械製茶は、まず手もみで今年の茶の傾向を掴んでから行われる。

6時間かけてもみ込んだ茶葉は2時間かけて乾燥させる。最初、1.5キロあった茶葉が300gに。朝から丸1日かけて、わずか300gである。希少すぎて超高値で取り引きされるのも頷ける。出来上がった手もみ茶の形の美しいこと。松葉のように細く長く艶々で、両サイドに剣先がある。まさに最高峰のお茶、「お茶の芸術品」といわれる所以だ。

中島さんの手もみ茶。”針金のよう”と評される高級茶の美しいビジュアルは、茶葉の開く速度を遅くさせ、雑味を抑えるという味わいを作るための要素。

雑味を極限まで抑え、旨みは頂点に

中島さん自ら、手もみ茶を淹れてくれる。「絞り出し」という口の広い急須を用いる。松葉のような茶葉をきれいに揃えて並べる。「旨みをぐっと引き出すためには低温でじっくり出すことが大事。きれいに揃えるのは膨らみを抑えるため。ゆっくり開かせたいからなんです。茶葉が急に開くと雑味が出やすくなるんです」

湯は茶器の縁から少量ずつ注ぐ。
ほんの数滴で、お茶の底知れぬポテンシャルを感じさせる。機械製茶は大量の風をあてるために雑味が出やすいが、人間のやさしい手でもまれた茶葉は雑味が徹底的に抑えられる。

茶葉3gに対し、湯は15ml、湯温は50℃。湯を注ぐのも茶葉にあてるのではなく、まわりに当てるようにする。注ぎきったら蓋をして3分。小さな茶器に注がれた珠玉のお茶。旨みと甘味が凝縮され、まるで出汁を飲んでいるよう。「大量に飲まなくても“飲んだ感”があるでしょ」。口いっぱいに風味、甘味、旨みが広がり、余韻が長い。産地でないとなかなか味わえない特別なお茶だ。「5煎ぐらいまで出ますが、最後は食べてみてください」

「狭山は、六次産業までやっている茶園が多いのも特徴です」。茶畑を管理し、機械を動かして製茶し、なおかつ販売までやる。そのため、客との距離が近い。「お客さまに育てられている産地だとつくづく感じています」。街の人には畑も見られている。畑に出ている回数もチェックされている。それゆえ、「畑の管理もひとつの商品、ブランディングの一環だと思っています」


狭山のテロワールを表現する

若者のお茶離れが激しい。ペットボトルのお茶が手軽ですぐ飲めるから、急須で淹れる人は激減している。せいぜいがティーバッグ。急須で淹れるお茶のおいしさを知ってもらいたいと、狭山を挙げて、新たなお茶の開発にも熱心だ。

たとえば、ウェロニカ・ペルシカの1皿目のシグニチャーディッシュにペアリングした「狭山豊香茶」。通常の製茶のプロセスでは、新芽を摘み取ったあと、蒸して酸化酵素の働きを止めるのだが、このお茶は、摘んだ芽を日干しにするという工程を加える。6時間ほど木漏れ日に当てて萎らせてから蒸すのである。こうすることで、茶葉の持つ酵素の働きが促されて、微発酵の状態になる。ウーロン茶の要素を少しだけ取り入れたものだ。
これを「萎凋(いちょう)」というのだが、萎凋の風味、さらに青みの部分を感じさせたり、花やフルーツのような香りを感じられる、おもしろみのあるお茶だ。

狭山豊香茶(さやまかおり)。通常の水出しよりもさらに低めの約3℃の水で一晩抽出。ペアリングの中で一皿目のシグニチャーディッシュ(前出)に合わせた、一番旨みのおだやかなお茶。繊細な旨みと華やかな香りを、大きめのワイングラスで楽しむ。
前菜の2皿目に合わせた棒ほうじ茶(冷)。一番茶の茎を、香りと風味に特徴を持たせるべく弱火でゆっくり焙煎。茎の持つ香りと味を生かし、黒糖のような甘さと風味を感じる余韻に。狭山豊香茶同様、低めの約3℃の水で一晩抽出。茶葉と水を合わせたら、えぐみが出ないように回したりせずに静置する。
ほうじ茶と合わせた2皿目の前菜。蝦夷アワビを秩父両神山の鹿のコンソメ、シェリー酒、ナツメ、クコ、クローブ、タイムで煮込み、地元の里芋と合わせた。
「ウェロニカ・ペルシカ」横田哲也シェフ(右)。飯能市出身。都内レストランを経て、スイス「ボーリバージュ」で修業。帰国後、名古屋「ラ・グランターブル・ドゥ・キタムラ」にて北村竜二氏のもとスーシェフを務め、2008年独立。ソムリエの資格を持ち、セラーには200種類を超えるワインが並ぶ。茶どころ入間に位置するレストランとして、ノンアルコールの表現を模索していた折、大西園と出会う。「ワインで言えば、ひとつのドメーヌだけでペアリングを完結させるようなもの。ハーブなどの混ぜものを一切使わず、茶葉だけでこんなにも豊かな景色が描けることに、本当に驚きました」

中島さんは、ウェロニカ・ペルシカのティーペアリングを、茶の旨みの機微を感じ取ってほしいとの想いで設計した。冷と温、天日の微発酵の香りやほの甘く香る狭山火入れ(製茶の仕上げに100℃で乾燥させる方法)、浅めの焙煎香などを織り交ぜながら、決して極端に触れることなく、料理のテンションと合わせてきめ細かに茶の旨みのグラデーションを強めていく。濃く抽出したお茶、抹茶入り煎茶、深い焙煎・・・より分かりやすい味と香りが好まれていく現代の市場で、そのセレクトは手もみ茶の伝承者として、日本茶の真価がそこに極まると信じているからに他ならない。

最近は、確かな技術を持つ職人の茶葉のみを使ったボトルティーの会社から依頼され、木箱入りの超高級ボトルティーを作った。現場で抽出する技術を問わない、ペアリングにはもってこいの一品だ。これもまた、“これからの高級茶”の有り様のひとつといえるだろう。

海外でもノンアル化が進む昨今、クオリティの高い日本茶ティーペアリングが、世界のレストランにとっても、大きな推しポイントになる時代がくるかもしれない。

各地のデパートなどから出品の依頼がくるものの、「一日300gしか作れない茶葉なのでどうしても最後までこちらで面倒をみたいという思いがあります」と中島さん。「産地でしか出会えない味だと思って、ぜひこの地を訪れて、魅力を体感いただきたいです」

(料理通信)


◎大西園
埼玉県入間市根岸259
☎04-2936-1620
https://oonishien.jp/

◎Veronica persica(ウェロニカ・ペルシカ)
埼玉県入間市野田653
☎04-2932-6006
水曜休、第3木曜休

◎coffee-ate “Veronica” (コーヒーエイト・ウェロニカ)
埼玉県入間市野田3038-7
☎080-8426-8616

 

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