旨いパスタのその先へ。伝統製法を凌駕する異ジャンルのプロが生んだ革新技術
Vol.85 マルケ州のパスタ生産者
2026.06.29
text by Paolo Massobrio / translation by Motoko Iwasaki
イタリアで旨いパスタといえば、職人の熟練した技術や伝統的な器具を用いて生産する「パスタ・アルティジャナーレ」。この点に議論の余地はない・・・と思っていたが、「メトド・マッスィ(Metodo Massi)」のパスタを知って覆された。
そもそも、なぜこのパスタ生産者は、素材でも地域でもなく「メトド(Metodo)」つまりメソッド(手順)に因んだ名をブランド名にしたんだ? この謎を紐解いてやろうと語源を遡ってみれば、メトドは古典ギリシャ語の「méthodos(metá=その先とhodós=経路の合成語)」に由来し、文字どおり「その先に到達するための道」を意味する。
誰もが知り、これほど愛されている食品でさらに「その先を目指す」のは、少し正気を逸した感もあるが、食べてみればわかる。自分の目の前にあるのは、味で妥協を許さない従来のパスタ・アルティジャナーレを大きく超越したパスタだ。
パッケージには「水が流れるにも、日光が大地を温めるにも、小麦が育つにも、自然によって決められた時間を要するものだ」と書かれていて感心した。
では、自然とメソッドとの関係は? 彼らのパスタにこのような素晴らしい成果を生むには、何が最も大切なのか。
同社マーケティング&営業部責任者であり、社長ガエタノ・カスティリョーネ(Gaetano Castiglione)氏の夫人、ラウラ・ミストレッタ(Laura Mistretta)に話を聞くことにした。
素材の性質を損なわないための革新技術
「そうですね、自然がテクノロジーに適応するのではなく、その逆であるべきというのが、私たちの考える自然との関係です。
従来のパスタ加工の流れでは、素材の性質が損なわれてしまうことが往々にして起こるため、それを防ぐためにメトド・マッスィの革新技術は生み出されました」
「私の主人は金属加工会社を経営しており、食品加工業とは全く無縁でした。変に思われるかもしれませんが、それが逆に『これまでこのやり方で作ってきたのだから・・・』とか『誰もが用いてきたやり方にはそれだけの理由があるはずだ』という固定観念にとらわれず、有利に働いたのだと思います。
私たちの第一目標は、素材そのものの性質を保つこと。そのために、加工作業の最初から最後まで、素材に熱や機械作業によるストレスをかけない製法を開発する必要がありました。一定の圧力や熱が加わると、デュラム・セモリナ粉の組織が壊され、栄養分が損なわれてしまうからです。
そこで私たちは、金属加工の専門知識のもとに、パスタ生産の主要な工程で新たな特許技術をいくつか開発し、パスタにかかるすべてのストレスを排除した革新的な加工機械を製作することができました」
「私たちのパスタ用混錬機は、デュラム・セモリナの粒子の一粒一粒に同じ割合の水分を含ませることが可能で、生地に他では得られない独特の柔らかさを確実に生むことができます。
ロングパスタの場合、生地をシート状に伸す作業にかけるのは一回のみで、機械にかけられるストレスも目に見えて軽減されます。イタリアのマンマたちのパスタ作りでは、何度もめん棒で伸すのをよく見かけますが、実はあれも素材の組織を破壊しているんですよ」
ラウラはそう言って、メトド・マッスィで製造されたパスタの超微細構造と、従来の製法によるパスタのものとを比較する電子顕微鏡写真を見せてくれた。その違いは実に大きかった。素材は生きているようで、顕微鏡画像を見てこんなことをいうのは変かもしれないが、確かにメトド・マッスィによるものは旨そうに見えるではないか!?
「スパゲッティの成形工程でも、私たちは世界で唯一の工法を構築しており、パスタがデリケートに扱われると同時に、圧力も摩擦も与えません。スパゲッティはダイスを通さず、生地を伸したら直接棒状に成形されます。
粉の味わいがより感じられる上に、歯応えもしっかりとして、茹ですぎてもパスタが伸びるリスクがありません。例えば30~40分茹で続けても、パスタが伸びすぎることなく、ある程度の柔らかさに達すると今度は硬さでは後戻りを始めるんです。レストランで一度に大勢のお客さまに提供する際なども、この特徴が役に立つことがおわかりになるでしょう。私たちのパスタを使えば、茹で時間で失敗することはないはずです」
「また、この製法で作るパスタは糖質がゆっくり消化吸収されるため、満腹で苦しくなることなく食後の満足感が持続します。
ショートパスタも、特殊ダイスと食品用合金製低温押し出し機を用い、押し出し圧力も徐々にかけることで、熱がこもらず、機械製造によるストレスを排除し、ロングパスタと同様の効果を得ています」
パスタ名人の経験値をテクノロジーの心臓部に落とし込む
ラウラがシンプルな言葉で説明してくれることの裏に、彼らが研究に費やした長い年月を感じずにはいられない。2011年から試作、中断、方向転換、中休みを繰り返し、2018年に漸く本格生産が始まったという。
「メトド・マッスィ」の評判は、業界のプロやシェフの間に広がっている。(顧客の中にはマルケ州の三ツ星、ウリアッスィの名も)。実際、値段は高い。市場に出回っている高級パスタの倍の価格だ。だが、その価値はあると僕が保証しよう。
オーナーのガエタノ・カスティリョーネが率いる社員は、生産部門10名に営業担当者が5名。セニガッリャ(Senigallia)にある近代的な社屋で働くのは全員が女性。いや、男性も一人いる。倉庫担当・・・ここでも力仕事には男性の助けが不可欠。
「テクノロジー任せの、几帳面すぎるほどのチェックの目を光らせた工場を想像しないでくださいね。そんな場所だったら、このおいしさのパスタはできなかったと思います。
私たちにとって脈打つ心臓部分ともいうべき人物がいて、彼女の名はラウラ・ブランドーニ(Laura Brandoni)。この地域で知られた生パスタ屋を営んでいたパスタ作りの大切な師で、当社の製品のレシピは彼女のものです」
「温度管理も電子機器だけに頼るのでは不十分で、例えば気象条件の違いには、彼女の経験値から適切な数値を測り、テクノロジーに落とし込んで活用する必要があります。そんな風に地に足が着いた研究と努力をこれからも弛まず続けていくつもりです」
もう何の言葉を加える必要もない。では、これから卵白入りの「スパゲットーニ・アル・アルブーメ・2.5(Spaghettoni all’albume 2.5)」をいただくとするか。オリーブオイルとパルミジャーノチーズだけかけて、パスタの味を噛みしめてっと。
◎Metodo Massi
Via G. Segantini, 14
Senigallia (AN) 60019
☎ +39 0719739527
www.metodomassi.com
パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
https://www.ilgolosario.it/it
『イル・ゴロザリオ』とは?
イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。
(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)
私たちの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べよう」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。
そして、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、2016年にそれぞれのWEBメディアで記事交換をスタートしました。
南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。
『イル・ゴロザリオ』で公開されている『料理通信』記事はコチラ