HOME 〉

JOURNAL / 世界の食トレンド

精緻でおおらかで斬新。気鋭の若手シェフが紡ぐ国境を越えた味覚の旅

France [Paris]

2025.12.18

精緻でおおらかで斬新。気鋭の若手シェフが紡ぐ国境を越えた味覚の旅

text by Sakurako Uozumi
「豚バラ肉の低温コンフィ、コーヒーキャラメルソース、トウモロコシピューレ、胡椒ゼリー」。低温で10時間コンフィした豚バラ肉に、コーヒーキャラメルと醤油の甘辛ソースを合わせ、トウモロコシのピュレと胡椒ゼリーを添えた一皿。柔らかさと濃厚な味わいのコントラストが際立つ逸品。photograph by mariechevalierf

今、パリ・マレ地区で注目を集めているビストロ「フィンカ(Finka)」。手がけるのは、コロンビア出身の若きシェフ、エステバン・サラザールだ。南西フランスの名店「シャトー・デュ・テイユ」で腕を磨き、2024年は人気料理番組『トップシェフ2025』への出演を経て、再びパリに拠点を移した注目株である。

彼の料理は単なる“ラテン料理”ではない。フランス料理の精緻な技法に、南米の記憶と情緒を織り交ぜた独自の表現だ。メニューは小皿形式で構成され、カリブ海からアンデス、太平洋、アマゾンへと味覚の旅を描く。

シェフのエステバン・サラザール
シェフのエステバン・サラザール。1996年コロンビア・マニサレス生まれ。14歳で料理の道へ進み、18歳で渡米、ホテルで研鑽を積む。25歳でスペイン・バスク地方サン・セバスチャンのバスク・カリナリー・センター(BCC)で修士号を取得。22年に渡仏し、パリ16区のレストラン「カルモナ」の立ち上げに携わる。南西フランスの名門レストラン「シャトー・デュ・テイユ」ではシェフを務め、就任わずか3カ月でミシュランのビブグルマンを獲得。photograph by phoungry

たとえば、豚のコンフィにアンデス産コーヒーのキャラメルを合わせ、ライムとトウモロコシで軽やかに仕上げた一皿。炭火で焼いたイカにティトテ(ココナッツミルクのキャラメル)を添えた料理や、キャッサバのニョッキに鶏肉のコロッケを組み合わせた皿など、香りや温度、テクスチャーのコントラストが秀逸だ。

「僕が目指しているのは郷土料理の“再現”ではなく、“記憶の中の味”を生み出すこと。食べた瞬間に懐かしさが蘇るような料理を作りたい」とエステバン氏は語る。

バーベキューイカ、ティトテソース、発酵乳ソース
「バーベキューイカ、ティトテソース、発酵乳ソース」。炭火で焼き、鉄板で形を整えたイカに、煮詰めたココナッツミルクで作るティトテ(Titoté)とカリブ海沿岸地方の伝統的な発酵乳スエロ・コステーニョ(Suero costeño)の酸味を組み合わせ、脂の濃厚さを引き締めるソースを添える。複雑な風味が際立っている。photograph by mariechevalierf
キャッサバのガレット、牛舌のプレス、アボカド、コリアンダー
「キャッサバのガレット、牛舌のプレス、アボカド、コリアンダー」。キャッサバは一晩水に浸してからミンチにして生地状に。さらに圧力鍋で加熱して成型し、表面をしっかり焼いてガレットに仕立てる。柔らかく煮た牛タンは、押し固めてゼリー状にしてのせた。外はしっかり、中はとろけるキャッサバの食感と、牛タンの濃厚で旨みのあるゼリーのコントラストが楽しめる。アボカドとリコッタチーズのクリームで酸味のバランスを調整。photograph by mariechevalierf
プランテイン、エビ、アセビチャードソース、熟成コンテチーズ
「プランテイン、エビ、アセビチャードソース、熟成コンテチーズ」。デンプン質が豊富なバナナに似た果物、プランテインを潰してガレット状に焼き、アボカドと茹でエビを挟んで熟成コンテチーズをトッピング。ライムや唐辛子を効かせたアセビチャードソースが爽やかなアクセントを添える、味のバランスと創造性が光る個性的な小さな一皿。

その言葉どおり、彼の料理は異国情緒をなぞるものではなく、“記憶の温度”を現代の食卓に呼び戻す試みだ。南米の風土や家庭の情景を、フランスの技と感性で繊細に描き直している。ガラス張りの天井からは自然光が差し込み、緑と素材の質感が調和した心地よい空間。どこかニューヨークのロフトを思わせるおおらかな開放感がある。

「Finka」とはスペイン語で“家”や“農園”を意味する言葉。人が集い、語らい、料理を分かち合う。その精神がこの店の根底に流れている。ラテンの情熱とフランスの洗練が響き合うフィンカは、国境を越えるだけでなく、味覚の記憶と文化を編み直す新世代のビストロである。

フィンカ(Finka)店内
天窓の光と緑が息づく空間。レンガと石壁の陰影に包まれた、温かく開放的な店内。どこかニューヨークのロフトを思わせる開放感がある。photograph by Sakurako Uozumi
フィンカ(Finka)座席を外から

RESTAURANT FINKA
57 rue des Gravilliers, 75003
19:00~23:00
日曜、月曜休
contact@datshaunderground.com

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。