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美食への技術を解き放て。製菓における化学のアプローチ「É-Cothèque(エコテック) 2025」

2025.11.25

photographs by Noriko Kawase

2025年9月16日(火)、東京・渋谷「WITH HARAJUKU HALL」にて、「É-Cothèque(エコテック)」が開催されました。エコテックとは、ヴァローナ社のショコラ専門技術校エコール・ヴァローナ 東京校でエグゼクティブシェフを務めるファブリス・ダヴィドゥ氏の発想で、日本の食文化に新たな一章を刻むことを目指し、未来の食のビジョンを語る業界の専門家のライブ講演や参加者との意見交換を通じて、料理や製菓の最新事情や技術を共有する学びの場です。

2回目である今年は、エコール・ヴァローナの創設者であり、書籍『グルマンディーズ・レゾネ(美節食)』の著者であるフレデリック・ボウ氏と、化学の視点から持続可能な食の在り方を探究する材料物理化学者ラファエル・オモン氏によるライブ講演に加え、ヴァローナ セレクションのビジョンや取組みの紹介、エコール・ヴァローナ 東京によるクリエイションが多数振舞われました。

目次






当日は約150名超のプロフェッショナルの参加者が来場。

「このままでよい」はずはない

「どんな業種でも仕事に邁進していると考える瞬間があります。このままでよいのだろうかと」。フレデリック・ボウ氏のそれは、料理人、ピエール・ガニェール氏との出会いでした。

食の有識者が一堂に会するシンポジウムにて、ガニェール氏は「料理人は食べ手の健康に責任を持たなければならない」と語り、従来の枠にとらわれない新しいソースの数々を披露。「例えばブールブランなら、従来のレシピからバターを80%減らし、魚のフォンと米のデンプンでとろみをつけて、リッチな食感をつくるのです。それはまるでだまし絵のようでした」。この経験はボウ氏の中に嵐を起こします。その後「美節食」の研究へと突き動かす出会いでした。

「美節食」の言葉は『美味礼賛』(ブリア=サヴァラン著)に由来します。美食に対して節度を持つこと、そして人の体と地球とがよりよく調和する、これからの美食のあり方を指しています。

伝統的な「おいしさ」を求めることで、現代人を取り巻く環境との間に生まれた歪みをひとつずつ検証し、高い脂肪や糖分などの行き過ぎた要素を取り除きながら、適正な形に再構築する。よりよい製菓の在り方を導こうとする試みです。いわゆる低カロリー、低脂肪やヴィーガン、グルテンフリーの枠に収まるものではなく、一義的な技術の提唱とは異なります。このため、創作の視点は多岐に渡ります。

ムースは、「気泡」を食べている?

化学的アプローチは、料理や製菓の可能性を大きく広げます。例えば、フランスの食品加工業者ニコラ・アペールは加熱による微生物殺菌によって缶詰を発明し、化学者ルイ・カミーユ・メイラードは焦げの旨みを突き止め、おいしい料理を格段に増やしました。
「製菓なら、冷凍・冷蔵技術の発達とセルクルやミキサーなどの道具の発明によって、バターたっぷりの重たいクリームや生地は軽いムースやふんわりとしたお菓子へと変化しました。これは製菓界における大きな改革でしょう」とボウ氏。

美節食の研究チームの一員として活動するラファエル・オモン氏は、自身の役割を「素材を分子科学的に見つめることで気づきうるアイデアを料理人やパティシエと共有し、二人三脚で味覚やデザインに新しい風を吹かせることにある」と語ります。

「例えば、『未来の食』と一言でいっても、その要素は様々な角度から突き詰めることができます。味は、色は、香りは、テクスチャー、ビジュアルはどうか」

長年ヴァローナのクリエイティブ・ディレクターを務めてきたフレデリック・ボウ氏(右)、材料物理化学者のラファエル・オモン氏(左)。

具体的に、食感(テクスチャー)を例に挙げると、1つは乳化(マヨネーズのように水と油を組み合わせるもの)、次に泡立て(空気を取り込む)、最後はゲル化・凝固(ゼリーのように固まるもの)。これら3つを組み合わせることで、色でいう基本三原色のように、様々な料理やお菓子が作られるといいます。

乳化と凝固、起泡性すべてが備わるチョコレートムースで新しいレシピを考えるとどうなるでしょう。物理化学的観点からいうと、ムースは「油と水が乳化されたベースに、細かな気泡(空気)が分散している状態」とオモン氏は説明します。
「水と油の組み合わせは自由で、水は、例えば生クリームだけでなく純粋な水を使うこともできる。これに油を含むチョコレートを合わせ、気泡を加えればチョコレートムースはできる、ということです」

水と油の乳化には、レシチンを含む卵黄だけではなく、ジャガイモや葛などのデンプンやSOSA(ソーサ)フラックスファイバーなどの繊維も使えます。これらは主に粘度を上げることで乳化を物理的に安定化させるのです。
「ただし、それぞれが繋がる分子のチェーンの長さや性質の違いで、保水力や食感などが変わるため、同じ状態でも温度が違うことでうまくいったりいかなかったり。これらの要素を総合的に見てお菓子を作ることがパティシエたちの調理の醍醐味なのです」

会場では、卵黄を使ったアングレーズ・ベースに代わる、増粘剤や繊維素材のアンポワベース3種の試食(ジャガイモデンプン、くず粉、SOSAフラックスファイバー※1)が配布され、とろみの違いを体感。※1亜麻仁(亜麻の種子)由来の繊維。幅広いpHで冷たい素材、温かい素材のとろみをつける。
チョコレートムースの試食は、伝統的なアングレーズ・ベース(マンジャリ64%使用)、ジャガイモデンプンを使ったアンポワベース(コンフェクション・マダガスカル80%※2 使用)、そしてオモン氏との共同研究によって開発された、『美節食』のコンセプトを体現する、牛乳、ゼラチン、カライブ66%だけで作ったガナッシュモンテの合計3種。※2 2026年発売予定のヴァローナ製品

従来の卵や砂糖に代わる乳化・凝固素材を選ぶことで、「産地限定のチョコレートや香り高いプラリネなど、主役となる素材の個性をより生かすことが可能になります」とボウ氏。「『美節食』とは、あらゆる要素を最小限に抑えながらも、最大限の味覚的喜びを追求することなのです」と強調しました。

立ち止まって、問いを立てる

多くのパティシエたちの製菓技術は、長い修業を経て、寸分違わぬ基礎的な動きが体に染みついています。しかし、ボウ氏は少し立ち止まって、「業界の当たり前に“なぜ?”を問いかけてみること」と語ります。「すると意外に『これまでこうだったから』としか返答がないこともあるのです」

食糧難、生態系の破壊や温暖化、地球が明るい方向へ向かう兆しを見出しにくい現代において、視点とアプローチを柔軟に変えながら「食べる幸せ」へ続く、新たな道を探ろうとするボウ氏のメッセージは、多くの日本のパティシエたちの創意を刺激します。

過去に学び、未来の視点を得るため、考察と実践の時間を惜しまない2人のセッションは、今地球に住まうあらゆる人に、それぞれの立場でなにができるのかを問われているようでもありました。「今、私たちはこう考えています。あなたはどうですか?」

ボウ氏が恩師ピエール・エルメ氏の代表作を美節食レシピとして再構築した「タルト・アンフィニマン・ヴァニーユ」
バターを使わず新しいレモンクリームの可能性を追求したタルト・シトロン。  
各ブースでは、「ヴァローナ」、「ソーサ(機能素材)」「ノホイ(バニラ)」「アダマンス(フルーツピューレ)」「パリアーニ(ナッツ)」それぞれのクリエイションとブランドの最新トピックが紹介され、試食とデジタルレシピも提供された。  

◎ヴァローナ ジャポン
Email: info.tokyo@valrhona-selection.com
https://www.valrhona.com/jp/

(料理通信)

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