AIはどこまで食のバリューチェーンに浸透しているか?
世界的フードテックイベント「F4F 2025」リポート
2025.07.07

text & photographs by Yuki Kobayashi
5回目を数える世界的なフードテックイベント「Food 4 Future – Expo FoodTech 2025(以下、F4F)」が、5月13〜15日、スペインのバスク州ビルバオ市で開催された。日本ブースは定番となりつつあり、日本からの出展者にはリピート組も多い。熊本の「トイメディカル」が海藻由来の塩分コントロール技術で「Foodtech Innovation Awards 2025」(健康食品部門)をアジアの企業として初めて受賞する快挙も。テックと言えば、今、なんといっても関心が高いのはAIだが、食領域におけるAIはどんな状況にあるのか? “農産地⇒製造業⇒売り場⇒消費現場⇒廃棄現場”という食のバリューチェーンに添って、F4Fの会場から現地ジャーナリストがリポートする。
目次
- ■1.農産地で――人の代わりに働く自律型ロボットが環境への負荷も抑える
- ■2.製造業で――食品産業の副産物や残渣をAIでアップサイクリング
- ■3.売り場で①――品種の判別、価格算出、認証基準の適合性まで判断する計量器
- ■4.売り場で②――過去のデータをAIで分析してより良い経営の道筋を導き出す
- ■5.消費現場で――更年期障害に悩む女性向けの栄養プランをAIでカスタマイズ
- ■6.廃棄現場で――生ゴミを24時間で水にする恐るべき消化マシン



1.農産地で――人の代わりに働く自律型ロボットが環境への負荷も抑える
カタルーニャ州のボックスで淡々と話をしてくれたのは、“AIとロボティクスによる持続可能な農業”を掲げるスタートアップAgrikola.AI社のリカルド氏だ。学者然とした彼はロボット工学の出身。エコロジーの観点から化学農薬の使用を削減する目的で事業を起こした。
同社の小さなロボットは、夜間、畑を自律的に回って、野菜などの農作物に付く菌類・ウイルス・カビ類を紫外線殺菌する。このロボットにはロケーションの解析にAIを使っており、ユーザーが増えたところでそれらのデータも活用する予定だという。ロボット内蔵のカメラやセンサーがキャッチする作物のデータ(場所や生育状況など)がクラウドに集約されていくと、栽培環境の分析・予測ができるようになる。どのエリアに害虫が発生して、どのエリアに病気にかかった個体があるかといったデータに、湿度や温度の気象データや土壌の情報などを掛け合わせてAI解析すれば、栽培の最適な道筋が示されることになる。
ロボットのブドウ畑での実証は済んでいるという。
紫外線殺菌は科学的な理由から夜間に行わなくてはならないが、ロボットであれば夜間の人件費がかからない。農薬を使わずに菌類を処理するエコロジカルな点に加え、4~6カ月で初期投資が回収される計算で経済的なメリットも高いという。有機栽培は慣行栽培の作物よりも高値で取引されるが、こうした技術を使うことで、より手頃な価格で有機作物が家庭に届けられると期待される。

↓ 夜間、畑でロボットが作業する様子。
農地における自律的労働ロボットの展示はいくつも見受けられた。人間による操作なしに、複数の異なる作業をこなすロボットはEURECAT(カタルーニャ州農業研究開発所)のSOMAGROプロジェクトも同様だ。内蔵センサーで地形を認識しながら、人間が収穫するのをサポートする。様々なセンサーを搭載することで、ロボットが行なう作業の可能性は無限に広がる。現地で吸い上げる膨大なデータをAI解析することで、収穫開始のタイミングや灌漑の必要性の有無などの判断にも役立つ。


2.製造業で――食品産業の副産物や残渣をAIでアップサイクリング
スペイン北部のナバーラ州に拠点を構えるスタートアップMOA foodtech社は、EU期待の星。欧州イノベーション会議(EIC/研究者、スタートアップ企業、中小企業がイノベーションを市場に投入できるよう支援する組織)から230万ユーロの直接助成金を受けて、農業食品産業(砂糖、穀物、コーヒーなど)の副産物や残渣を、高付加価値の次世代型タンパク質*へアップサイクリングする。ちなみに「アップサイクリング」は、今回のF4Fでよく耳にしたワードだ。
同社の作業は、副産物をペプチド(アミノ酸がペプチド結合により短い鎖状につながった分子の総称)レベルまで詳細分析することから始まる。次に、独自開発のAIプラットフォーム――300種以上の微生物ライブラリーで、微生物の代謝モデルなどが蓄積されている――を利用して、副産物に最適な微生物を探し出す。タンパク質や繊維質といった強化したい目的に応じてマッチングしてくれるという。その後、選定された酵母や細菌を副産物に投与して液体バイオマス発酵を施す。すると最終的にでき上がるのは“next generation protein”(次世代型タンパク質)。不活性の粉末で、機能性、栄養価、官能特性に優れ、幅広い用途に適している。
*科学的には、単細胞タンパク質(Single cell protein 略称SCP)または、微生物タンパク質と呼ばれる。細菌や酵母など微生物の体内に含まれるタンパク質で、糖類・デンプン・炭化水素類などを原料にして、これらの微生物を培養して得る。

実際の製品例として、産業副産物の砂糖を原料にマッチングで探し出した微生物による生成で得た粉末は、繊維質30%、プロテイン45%増を実現し、ビタミンやミネラルも含有。味のポテンシャルを増強する性質があり、スナックやパン、ソースなど幅広い食品に利用できるという。
同社は、副産物から得た植物性プロテインから肉の代替品も作っている。現在、スペイン屈指のスーパーマーケットチェーンのメルカドーナ社に肉製品を納めている業者とのコラボレーションが進行中だ。
3.売り場で①――品種の判別、価格算出、認証基準の適合性まで判断する計量器
AI利用もこれほどわかりやすいと素人にはありがたい、とつい声を出してしまった技術がDIBAL社の計量器だ。
欧州のスーパーマーケットの青果売り場は、客が自分で好きなだけ野菜や果物をビニール袋に入れて計量器で測り、プリントされた値段のシールを貼ってレジに出すというシステムが多い。日本のスーパーのように包装済の商品を並べるのとは違って、パッケージ削減に役立ち、客は1個から必要な量だけ購入できる。
計量器で測る際には野菜や果物に予め付された番号を選ぶ操作が必要なのだが、厄介なのは、カナリア産バナナとブラジル産バナナ、同じバナナで異なる産地や品種が売られているようなケース。計量器に商品写真と番号が表示されているものの、違いがわかりにくくて戸惑う上に、値段が違おうものなら間違えないようにと神経を使う。
DIBAL社の計量器は、商品を置くだけでAIが画像解析して商品判別と計量を行ない、価格を算出して値段シールをプリントしてくれる。また、食品の世界には様々な規格があるが、同社のVT-600eというモデルでは包装や容量、その表示に関する欧州とスペイン規格をAIで計測器に学習させ、出荷前の容器に入った商品の計量検証を自動的に行なう。測りにのせるだけで過重充填を防ぎ、商品管理の効率化に成功している。

4.売り場で②――過去のデータをAIで分析してより良い経営の道筋を導き出す
小さなデモ会場で発表をしていたスタートアップXABET社のオイハナ氏は、サンセバスチャンに従業員12人の小さな事務所を構え、食品産業や小売業にDXのコンサルティングを行なう。蓄積されたビジネスデータを「原材料」として、AIでより良い意思決定のための提示を導き出す。
たとえば、ベーカリーが同社に相談を持ち掛けたとする。どのようにパンを焼けば、より利益を上げ、よりロスなく製造できるか? 予算、売上、原材料費、エネルギー経費、労働効率といったデータをAIで解析して、販売予測や予算を立てる。但し、意思決定はあくまでもクライアントが行なう。長年の勘に頼っていた判断を、AIが導き出す分析や予測に基づいて行えるわけだ。同社は顧客のデータ所有権を尊重していることも記しておきたい。
レストランの場合、過去2年分のデータを3、4カ月かけて解析すれば、どの日に営業してどの日を休むと営業利益が最適化されるかがわかるという。
5.消費現場で――更年期障害に悩む女性向けの栄養プランをAIでカスタマイズ
食事療法とフェムテック(女性の健康課題をテクノロジーで解決する商品やサービス)に取り組むLIPIWELL社が研究開発したのは更年期障害に悩む女性向けの栄養プランだ。
睡眠障害や体重の変化、躁鬱のような症状など、更年期障害とは知らずに悩む女性は多い。
LIPIWELLは、AIとアルゴリズムを活用して、個人の体組成、細胞の老化度、脂質解析や血液検査のほか、健康習慣やライフスタイルなどの行動データを検証し、カスタマイズした栄養プランを作成する。
このプロジェクトはバスク州政府の研究技術機関AZTIがバックアップしており、科学的実証の確かさはお墨付き。ビルバオのサッカーチームやアスレチッククラブとも提携して、アスリート向けのサービスとしても展開している。
なお、同社は「Envejecimiento saludable 健康的に老いる」を掲げるが、このワードも今回のF4Fでよく聞いたフレーズのひとつだった。
6.廃棄現場で――生ゴミを24時間で水にする恐るべき消化マシン
アメリカのPower Knot社の自動生ゴミ消化機「LFCバイオダイジェスター」はAI未搭載。AI導入を計画中だが、未搭載の現時点ですでに驚くべき機能を持つ。
業務用冷蔵庫のような外装の機器の中に有機物のゴミを入れると、24時間後にはすべて水になってしまうのである。あらゆる食品を“食べてしまう”大きな箱とでも言おうか。投入された有機物を微生物が分解する仕組みだが、独自の微生物と酵素の混合物によって完全に「消化」する。消化後にできた水は再利用できないが、環境には安全で下水へ流せる。好気性の処理のため、発酵処理にありがちな嫌な匂いもない。“食べかす”のような物も残らない。
従来、食料廃棄物を「粉砕」「発酵」する技術は多かったが、水に返すという発想が新しい。シリコンバレー発のこの機械は、すでに大型ホテルや軍艦などで使用されているそうだ 。
今後、AIを搭載してアップグレードさせる予定。

最後に全体的な感想として記しておきたい。
個人的な話で恐縮だが、「ソリューション」という言葉がいつまで経ってもしっくり来なかった。この言葉が使われ始めたのは2000年代のIT業界からだと思うが、どの会社や技術にも課題はあり、それを解決するのは当然のことで、「我が社はソリューションを提供します」と言われてもピンと来なかった。だが、近年AIの利用を見るにつけ、AIがカバーする広汎な領域とシンプルにまとめられないほどの可能性を目の当たりにして、ようやくこの言葉の本当の意味が理解できたように思う。
AIの浸透に恐怖を感じることも否めない。だが、豊かさや幸せという抽象概念を深く思索できるのは人間だけ。大量の技術と情報に翻弄される前に、自分なりに、こうした抽象概念のものさしを身につけることも大事だろう。
どんな会社の製品やサービスが自分のビジネスや生活を豊かにするのかを見極め、より持続可能な社会のために、一消費者としてできる適切な消費や節約の選択をすることから始めたい。
文中に登場したスタートアップ