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FEATURE / ワールドガストロノミー

経営を語る料理学会。それがガストロノミーの新しい現実。

第24 回 マドリード・フュージョン

2026.04.09

経営を語る料理学会。それがガストロノミーの新しい現実。

text by Yuki Kobayashi / photographs by Madrid Fusión

料理学会として始まった「マドリード・フュージョン(以下MF)」だが、その内容は時代と共に変化している。2026年1月26日~28日に開催された今年のテーマは「“The customer takes the lead” 客が主導権を握るのか」。アーティストとして主体性を持つシェフの多いスペインで、このキーワードは挑発的だ。どの国も社会不安や経済の不安定さを抱える昨今、店の運営・経営に焦点が向けられるのは当然かもしれない。大会場でのスターシェフの料理デモンストレーションにもまして、飲食業の長年のプロ、食品製造業、流通業、栄養と健康の専門家などが実社会のリアルな課題を議論する小会場でのセッションに注目が集まった。

目次







客単価と原価コスト、人材確保と福利厚生、どうバランスをとる?

会場を歩き回り、様々な人々と話す中で感じたのは、「焦り」かもしれない。

止まらないインフレによる物価高。うなぎのぼりの原価のせいで利益率は減少。都市部の不動産の高騰は飲食業にもダイレクトに影響を与える。店舗物件を見つける困難さはもちろん、観光地ともなれば従業員はまともな住環境に住めない。昨年夏には、観光客が増え続けているにもかかわらず、彼らは外食を控えているというデータが明らかになって、飲食業者を震え上がらせた。スペイン国内のメディアにはちらほらと「デギュスタシオンメニューの終焉?」をテーマとする記事が飛び交う。

AI登場以降、変化が加速する社会の中で、誰もが勝ち組になる法則を必死に探している。かつて料理を他の芸術レベルまで引き上げ、哲学者然とも見えたシェフたちは、計算機を片手に客単価と原価コスト、従業員の確保とその福利厚生とのバランスに頭を抱える。それを正直に吐露し、共通の対策があるなら大いにディスカッションしようではないかと声高に話し始めた感がある。星があるから、メディアで話題だから、という集客の図式が通用した時代は、少なくともスペインでは終わりを迎えようとしている。


フェランが呼びかける、「いくら売りたいのか計算しろ」

大会場で「El Comensal(食事客)」と題されたフェラン・アドリアとパウロ・アイラウド(「Amelia」サンセバスチャン/二ッ星)の発表は顕著だった。概念的な話が得意だったフェランだが、ここ数年は公の場で「いくら売りたいのか計算しろ」と呼びかける姿が目立つ。スペイン国内で8万軒ある飲食店のほとんどがビジネスプランを持たないと嘆く。

美食の聖地サンセバスチャンの最高級ホテル「マリア・クリスティーナ」内に店の引っ越しを決めているパウロは、経営者としての言葉を機関銃のように放ち続けた。「デギュスタシオンメニューが終わりを告げたとは思わないが、客が3、4時間同じ所に座って食べ続けることをもはや望んでいないのは明らか。メニューを短くするのは必須。誰に来てもらいたいかを明確にすること」「まず確保すべき客単価がある。そうでなければ、店を保てない」「うちではアレルギー対応はしない。週に数件のアレルギー客に対応してメニューを作っても採算が合わない。食べられないものがあったとしても料金は普通に取る」「アメリアの客の98%は初来訪。彼らのニーズに合ったメニュー展開を考えるべき」と、歯に衣着せぬ言明が続いた。

2017年「アメリア」を開店し、同年にミシュランの星を獲得した彼は、この10年弱で海外を含め10店舗近くを開けてきた。業態は様々で、ピンチョスあり、イタリアンあり、ジャパニーズ・ストリートフード店も。パウロ帝国は確実に拡張している。大会場で料理のコンセプトや哲学を幻想的なビデオで語る時代は終わった。シェフのビジネスライクな野心を感じる発表だった。

フェラン・アドリア
フェランはこのところ、メディアでもビジネスメンターのような発言が多い。
聴衆の様子
大会場は、ディベートや対談のプログラムでより多くの聴衆を集客した。受動的な情報よりも、今まさに必要な生のテーマを欲している観客。
パウロ
イタリア系アルゼンチン人のパウロ。「ARZAK」(サンセバスチャン/三ッ星)や「THE FAT DUCK 」(英バークシャー/三ッ星)での修業後、ジェノバでモダン・トラットリアを開けたのがキャリアの始まり。

労務規制でファインダイニングが成立しなくなる

大会場のラウンドテーブルでは「Self-sustainability and the future of the culinary profession 自立と料理業界の未来」と題して、ナンドゥ・ジュバニィ(「Can Jubany」バルセロナ/一ッ星)、キケ・ダ・コスタ(「Quique Da Costa」デニア/三ッ星)、リカルド・カマレナ(「Ricardo Camarena」バレンシア/二ッ星)らシェフ3名と料理関連イベントで人気の若手支配人 イスラエル・ラミレス(「Saddle」マドリード/一ッ星)が登場。スペイン経済好成長下ならではのジレンマを語った。

パンデミック後、スペインは観光業が快調でEU圏内でも異例の経済成長を続ける。しかし、人材不足で思うようにビジネス展開ができない。アンドラやシンガポールにも店を持つカタルーニャ出身のナンドゥは「もっと働きたくても、規制がかかり、働けない。やる気があって100時間働ける人がいても、法で制限されてしまう。サッカーでバルサやレアル・マドリードに入りたかったら、人よりもっと練習するでしょう? それが飲食界では許されないんだ」と訴える。

労働者の権利は、雇用される側を守る方へと改正される。国をあげてガストロノミーを推進するスペインの飲食業でもそれは変わらない。シェフたちに共通するのは、本人のやる気と長時間労働の上に採算を合わせてきたファインダイニングが、この社会状況で、法の範囲内で運営したなら、今まで通りの内容も価格も保てないとの見方だ。

対談の様子
ベテランシェフと人気店の若手支配人イスラエルの間には20歳の年の差があるが、現場の話では対等に意見交換。学会の魅力であり、意義でもある。

アメリカやイギリスに比べて外食チェーン店が少ないと言われるスペインだが、2019年から46.9%の成長を記録し、マーケットの30%超がチェーン店という実態がある。好景気でも伸びない賃金では、消費者の外食機会は抑制され、観光客もリーズナブルなチェーン店を選ぶ。ビジネスに長けたシェフはその動向を見逃さない。多店舗・多業種展開するスペインシェフたちは、星付き店を死守しつつ、それ以外のビジネスはファインダイニングを離れ、一般的な外食チェーンのスタイルに限りなく近づく。スペイン前衛料理時代の栄光は終わりかけている気配が濃厚だ。


ワンオペシェフの対談に会場の若者から質問集中

テーマ別に設定された6つの会場(*注)の中で常に満杯の聴衆を集めていたのが、食の未来や食にまつわる社会動向を語るMF Dreams会場のセッションだった。そのひとつ「Restaurante unipersonal ワンオペレストラン」はまさに時代を映す。

飲食業にまつわるあらゆる要素とデータをAIに学ばせても、確実に成功できる公式や保証はない。では、客という不特定多数かつ気まぐれな存在を引き付けるものとは、何だろう? その問いにたった一人で挑み続けるのが、ワンオペのシェフたちだ。壇上では、バスク州アラバ県に店を出したベアトリス・パスクアル(「Almazen」)、ジローナの田舎で店を営むマルティン・コママラ(「539,Plats Forts」)が対談。有名店で修業しながらもあえてワンオペを選んだ彼らの話に、会場の若者たちから質問が集中した。

対談の様子
会場で料理をせずとも、強烈にその存在感を残してゆくシェフもいる。

バスク州の有名な塩田アニャナに「Almazen」を構えるベアトリスは買い物から掃除まで一人でこなし、店のSNSも自分で投稿。アイドルタイムも料理に明け暮れるが、パッションゆえに「ワークバランスはいい」と言う。「素材にも人にも料理にもパッションがなければ、疲れて終わり。犠牲は多いけれど、毎日料理をすることが私の生き方」と潔い。「自由とは、すべて自分の好きなようにできること。料理人は、畑から客の感動までを自身で描ける」と信じ、だからこそ失敗すらも自らの学びになると捉える。
営業は昼のみ週4日。季節が変わる度に訪れる客が多い。「周辺環境や地域と共に生きることが大事。地元の旬の素材を使うことで起こる魔法がある」

バスク州の有名な塩田アニャナと「Almazen」
バスク州アラバ県のアニャナの人口は141人。湧き水で作られる塩には定評があり、料理に使う著名シェフは多い。

同様に、2カ月ごとに来る客もあるという「539,Plats Forts」のマルティンは、有名店での修業中にも「自分の店は、自分の土地で、一人でやる」という選択に迷いはなかったと言う。店があるジローナは、夏の繁忙期と冬の閑散期の差が激しい。ワンオペを続けるには場所選びから熟考が必要だった。「7年経っても、どうやって営業を続けるかを考え続けている。忍耐がまず一番の必須要素」と語りつつ、「8~10人のカウンターでは、リピーターも多いため客同士が知り合いになって、いい雰囲気ができる」と誇らしそうだ。
一斉スタートで、12~15品のメニューを一人で切り盛り。「自分に会いに来てくれる客がある間は、店を閉めるわけにはいかない」。小さな店から生まれる地域のつながりが、彼のクオリティ・オブ・ライフを支えている。

「539,Plats Forts」のマルティン
「539,」という店名は、よく一緒に料理をした祖母の家の番地にちなむ。レストランではなく、「Plats fortes(しっかりした料理)」と呼ぶのもその記憶から。

多店舗・多業種展開する勝ち組のスキルと悩み

MF Dreams会場の「La nueva economía del plato 料理の新しい経済」と題するセッションにも注目が集まった。
どんなスタイルで飲食店を展開すれば勝てるのか、勝ち組のスキルと悩みなどを話し合うこの座談会には、4代続くレストランからチェーン展開に切り替えた経営者、ミシュラン店からスーパー向け商品展開など多角経営に乗り出した著名シェフ、若い仲間で立ち上げた飲食グループ代表者、業種をまたいで飲食店を手掛ける水産大手らが登壇した。

「La nueva economía del plato 料理の新しい経済」セッションの様子
シェフばかりがもてはやされていた料理学会はすでに終わり。食のバリューチェーンのベテランの話を誰もが聞きたい時代。

大規模な炭火焼き店をはじめとして首都で大成功を収めている水産大手コルニェサ・グループは、産直素材を商材に持つ強みがある。同社のディエゴ・ガルシアは「長年、水産業者として素材を大事に扱ってきた精神がどのプロジェクトにも生かされている。自社投資が基本で外部には頼らない」と自負する反面、「会社が大きくなるほど、スピリットを客に伝えることが難しくなり、ホールでそれを伝えられる人材も少ない」との悩みも。

高級レストランを営むディエゴ・レネ(「Beluga」マラガ)は、「利益が出るからこそ従業員もついてくる。賞をもらったとて、利益が出ないなら意味がない。うちの場合は、投資家とよく話し合えたのが成功要因。投資家は数字を語り、料理やスタイルには口出ししない。逆もしかりで、料理の手綱は自分が握るが、数字が良くなければ彼の意見を聞く。棲み分けが大事」。

やはり首都を中心に4代続く店にデリバリー業を加え、空港ターミナルにも進出する経営者ニーノ・レドルエジョ(「La Ancha」マドリード)は「事業拡大を始めた当時、従業員から『家族のような感じがしなくなった』と言われた。それが一番の危機を感じた時」と拡張に伴うリスクを語る。

投資家と料理の現場との温度差、利益とおもてなし精神のバランスなど、興味深い会話が続いたセッションだった。


家で料理をしない時代のフードサービス

流通やサービス業者によるセッション「Comer sin cocinar? 料理せずに食べる?」では、食習慣に保守的なスペインですら、家で料理をしなくなっているという問題提起がなされた。週末は家で家族との食事が主流、集まりには飲食が欠かせないスペインでも、スーパーの惣菜商品が年々増加。ディスカッションでは、食品製造業者が加工食品のクオリティと栄養バランス向上を例にあげ、「テイクアウト=質の悪い食事」という時代は終わったと主張する。

IKEAのデザイン部門担当者からも生活様式の変化が報告された。スペインの住宅の100%がキッチン付きだが、キッチンこそがこの10年で最も変化した空間だという。リビングが住宅の中心だった時代から、キッチンがオープンになってリビングと一体化すると同時に、機能性重視の若者向けにはキッチン収納がリビングに影響を及ぼさないようコンパクト化している。

一方、スタートアップによるプラットフォーム「VOLUP」は、ピザ、ケバブなどのデリバリーのイメージ「速いがまずい」を払拭すべく、首都の人気店と契約してカスタマイズされた料理をデリバリーする。調理せずとも高品質のおうちごはんを実現するサービスだ。
時短、家事縮小&代行がキーワードなのは、スペイン社会も他国の大都市同様だ。

セッション「Comer sin cocinar? 料理せずに食べる?」の様子
マーケティング、デザイナー、大学教授など、様々な専門家をつなぐのも「食」というキーワード。

加速度的に変わる社会を、連帯して乗り越えよう

MF Dreams会場には、テーマが食の未来ということもあり、様々な領域の登壇者と観客が集った。社会学者あり、製造業者あり、フードテックの専門家あり。ディスカッションでは自ずとアイデアや質問が活発になる。料理学会はよりインタラクティブになっている。

「酒蕎麦 くちいわ」口岩倫彦氏
日本からは2日目に大会場で富山市の「酒蕎麦 くちいわ」口岩倫彦氏が登壇。3000m級の山と水深1000m超の深海がひと続き、11の川が流れる富山の地形や、富山市岩瀬の狭い範囲にミシェランガイド掲載店が集中している様子などを語った。
セミナー「和食の深み」の様子
別会場では、一ツ星「Koy shunka」などバルセロナで日本料理店を4店舗展開する松久秀樹氏と日本酒輸入業者パブロ・アロマールによる「和食の深み」と題するセミナーが開かれ、満員御礼に。麹の試食、熟成度合いの異なる醤油テイスティングなど趣向を凝らした内容で、本物を見分ける力を伝授した。
同時進行するイベントの様子
6つの会場のひとつ、パティスリーに特化したMF Pastryの会場で。会場ごと、時間ごとに料理イベントが同時進行していく活気はいつも通り。様々なコンクールも健在。
THE WINE EDITIONの会場
こちらはワインを題材とするTHE WINE EDITIONの会場。世界的なアルコール離れが囁かれても、ご覧の通りの大盛況。

どの発表でも枕詞のように連呼されていたフレーズが「加速度的に変わる社会」だった。世界各地で戦争が予期せぬ形で始まり、かつ終わらないという不安定な世界情勢の中で、ファインダイニングは生き残らなければならない。戦略、信念、そして、目まぐるしい変化に対応できるフレキシブルなマインドの重要性は言うまでもないだろう。

アイデアを出し合い、連帯感をもって乗り越えよう――それがMFの根底に流れるスピリットだ。社会の様相が変わっても、その精神は変わらない。変えることと変えないことの見極めに揺るぎはない。
3日間の開催で2万5千人の参加者を数えたMF2026。来年は25周年、四半世紀を迎えることになる。

(注*)
AUDITORIO 大会場。著名シェフによるレシピやレストラン紹介、ビッグネームによるセッション
MF Dreams 食の未来、社会動向と食の傾向、フードテックなどを考える
EXPERIENCE 最優秀コロッケやタパスなどのコンクール会場
THE WINE EDITION ワインに特化した会場
MF Pastry パティスリーに特化した会場
360 º HUB ひとつの料理や素材、コンセプトを深掘り(国や市町村のプロモーションスペース)


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