【食のプロの台所】昭和の商店の空気感が、ふわり
「musubi」坂本眞紀
2025.10.16

text by Noriko Horikoshi / photographs by Tsunenori Yamashita
連載:食のプロの台所
台所は暮らしの中心を占める大切な場所。使い手の数だけ、台所のありようがあり、その人の知恵と工夫が詰まっています。夫妻が座っているのは、店の奥に設けられた家族の台所。店と自宅の境目があるようでない、そんなご自宅を訪ねました。
坂本眞紀
商社勤務、インテリアショップのバイヤー職を経て、2011年に暮らしと道具の店「musubi」を東京・国立にオープン。自宅と間続きの店舗の設計は、建築家のご主人、寺林省二さん。ご夫婦と娘さん、愛猫の4人家族。
Instagram:@musubi_work
(TOP写真)
坂本さん(右)、寺林さん(左)夫妻と看板猫トトくん(取材当時)。キッチンカウンターは、耐水性のラワン材。愛用の丸テーブルの質感に合わせ、珍しい木目のトップを採用した。左手のオープン収納棚は、店のショーケース代わりとしても機能。
境界線があってなきがごとし
框(かまち)のような、縁側のような。微妙な高さの段差が、仕事場と自宅の結界である。線引きはされつつ、間続きでもある線のこっちは店、向こうは台所。「子供が小さい頃は、店が開いている時間も、ここでごはんを食べてました。通る人が、みんな不思議そうに二度見して(笑)」と坂本さん。
元は家族経営のクリーニング店だったという。奥の一段高いところに茶の間があって、テレビの音が聞こえて、ウインナ炒めの匂いも漂ってくる。そんな昭和の店の佇まいを、あえてなぞり直すように設計した。建築家の夫、寺林さんの知恵と経験が詰まった“作品”である。
「うまくリフォームしたね~、と人には褒められますが、実はまったくの新築です」
茶の間部分は広さにして4畳半ほど。店の玄関と、対で向かい合う高窓のおかげで明るく、風の抜けもいい。床と棚は杉材で揃え、視覚的な一体感をもたせている。道具や器は自身で使って納得した本物だけを、出し戻しが楽な、然るべきベストポジションに。設えのあちこちに、建築家と元バイヤーのプロ目線と工夫が行き届き、方丈の狭さを感じさせない。
それでも、キッチンがいつも人目にさらされるって、ストレスでは? そう尋ねると、「世にも不思議な」という表情で顔を見合わせた。「ある・・・かな?」「ない・・・よね」。
夫唱婦随が生む調和でもあるのだと思う。


(雑誌『料理通信』2020年5月号掲載)
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