地域の未来を菓子でつなげる。東京・中野「子どもパティスリー」
フランス パティスリーウィーク
2025.07.21

味覚が開く、探求心の扉
全国に広がるこども食堂は、いまや10,800箇所を突破し、公立中学校よりも多い数となった。だがその数字の裏側には、子どもたちの孤食の食卓と、受け継がれてきた味が痩せ細ってきている現実が横たわる。そんな中で、料理人や菓子職人が子どもと関わる意味は、従来の「食育」を超えた可能性を持っている。
6月某日、2025年7月1〜31日の期間中開催される、全国約300店舗が参加するテーマ菓子提供イベント「ダイナース フランス パティスリーウィーク」の一環として、こども食堂ならぬこどもパティスリーが開かれた。今年のテーマは伝統菓子「サントノレ」。参加店である、東京・中野「パティスリーレザネフォール」菊地賢一シェフが、中野区のキリスト同信会中野パークサイドチャーチに集まった子どもたちに、この日のためにバナナ&キャラメルでアレンジした約50人分の巨大なサントノレを、とびきりの歓声を浴びながら切り分けた。




菊地シェフは、常時的・継続的にこども食堂支援やワークショップを行なうパティシエだ。地域のこども食堂「恵比寿ママ食堂」に、毎月スイーツや焼き菓子の寄付を続けるほか、給食がなくなる夏休みなどの長期期間中には、店主催のキッズワークショップを実施。伝統的な仏菓子作りを通じて、子どもたちの知的好奇心と創造性を育む場を提供している。
シェフ自身、「率直な疑問や感想が飛び交う、子どもに菓子をふるまう場は元気が出る」と語るように、シンプルに菓子職人として、食を通じて子どもと関わる喜びを感じている。
2019年からは小学生を対象にした「味覚の授業」®にも関わるが、子どもたちの味覚は年々鋭くなっていることを実感するという。「五味を言葉で表現する方法を教えるのですが、『味はもう分かってる、その説明はもういい。むしろその裏にあるアレコレを聞かせてくれ』と目を輝かせるんです」。今の子どもたちにとって味覚という体験知は、見えなくなった食の裏側への好奇心をかき立てる恰好のコンテンツなのだ。
料理人ができる支援のカタチ

消費者のサステナビリティ志向が高まる中、エシカルな食材調達や廃棄物削減といった環境配慮への取り組みは増え、ミシュラン「グリーンスター」などの一定の評価指標により注目も得やすくなった。一方で、地域支援のような地道で長期的な活動は、参加コストの重みや直接的なリターンが見えづらく、どうしても取り残されがちだ。
事業規模が大きい企業体と異なり、小規模店舗がこうした活動を続けるには、資金やリソースの面で限界もある。そんな繋がりにくいパズルのピースをピタリとはめる機能を持つのが、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえだ。
「むすびえ」は全国のこども食堂を支援し、企業と地域をつなぐ役割を果たす。3年前、退職を機に地域の母親の子育て支援を目的に、地元の教会に併設する台所を活用して月1回のこども食堂「パークサイドカフェ」を開いた菅原晴子さんは、「むすびえさんからの支援メールには本当に助かっています」と語る。協賛企業からの調味料やジュースなど、運営に必要な食品の寄付の案内が連日のように送られてくるという。


「こども食堂の増加とともに、企業から支援をしたいがどうすればよいかと相談が増えました。金銭や物資の支援だけでなく、講習会などのイベントなど、企業のCSR(社会貢献)活動における支援の内容も年々多様化しています」と企業・団体との協業事業を担当する石井佳美さん。
「むすびえ」のような中間支援団体は、支援したい人とされたい人をマッチングし、企業だけでなく、菊地シェフのような菓子職人や料理人の社会貢献活動を支え、個人の取り組みをより多くの子どもたちに広げる仕組みを提供しうる。開店前の時間を活用した居酒屋の常設店など、形を変えて増え続けるこども食堂は、単なる食事の提供を超え食を通じた文化や地域の絆を育む機会ともなる可能性を持っている。
尊厳を回復させる料理
イタリアの料理人マッシモ・ボットゥーラ氏が立ち上げた「Refettorio(レフェットリオ)」は、廃棄食材を活用し、ホームレスや貧困層に無料でおいしく栄養のある食事を提供する食堂だ。掲げたのは「社会的弱者の尊厳を食で支える」という理念。従来の炊き出し施設の枠を超えて、廃棄される食材 × 文化 × 美食 × 地域支援の複合体として機能している。
日本でも震災や災害時の復興支援などのボランティア活動に多くの料理人が迅速に動いた。支援を持続的に展開するには、多様なステークホルダーが関わる制度作りが求められる。こども食堂や生活困窮者への支援も、料理人をはじめ様々な関係者が無理なく続けられる仕組みが考えられ始めている。
「人は、軽蔑は無視できるが、尊敬は無視できない」といわれる。なぜ日本に「こども」食堂が存在するのか。それは「こども」と明示した場を作らねばならない、居場所のない窮屈な社会が存在するからではないだろうか。
坂間さんは言う。「私たちは、こども食堂を中心に地域資源の循環が進むお手伝いをさせていただいているだけです。地域の方々が直接助け合うコミュニティが整うのが一番いいんです」。心を動かすような食体験を通じて、すべての人が己の尊厳を感じられる場が広がり、地域の絆が強まる。その先に子どもたちが希望を描ける未来が広がっていくのかもしれない。


◎ダイナースクラブ フランス パティスリーウィーク(7月1~31日)
参加店舗一覧はこちら https://francepatisserieweek.com/
◎こども食堂「パークサイド・カフェ」
東京都中野区中野1-45-12 キリスト同信会中野パークサイドチャーチ内
毎月第1土曜12:00~13:00にお弁当を提供。子ども無料、大人200円
◎認定NPO法人全国こども食堂支援センター・
◎パティスリー レザネフォール
東京都渋谷区恵比寿西1-21-3
☎03-6455-0141
10:00~21:00 不定休
JR、東京メトロ恵比寿駅より徒歩5分
(「料理通信」のNewsコーナーでは、食に関する新商品やサービス、イベント情報をお届けします)
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