83歳。「体の中の“いい引き出し”だけを開けて、“悪い引き出し”は開けない」
生涯現役|神奈川・追浜「北原製パン」北原俊勝
2026.10.19
text by Michiko Watanabe / photographs by Masashi Mitsui
連載:生涯現役シリーズ
世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。
北原 俊勝(きたはら・かつとし)
御歳83歳 1943年( 昭和18年)8月6日生まれ
父が開いた「北原パン製パン所」を“仕方なく”継いだのち、得意の営業で販路を拡大。中種式で時間をかけて丁寧に作るパンが人気。父の修業先を知る人たちからは、あんパンやアンドーナツが大人気。父が海の家のために考案した、ポテトチップスを挟んだポテトチップサンド(通称ポテチパン)が、店を継いだのち、老若男女に愛され、さらなる大ヒット、看板商品となる。努力家ゆえ、詩吟や民謡もプロ級の腕前。整体師の免許まで所持。
(写真)朝10時。配達を終えて店に戻る北原俊勝さん。「朝、目が開けば仕事」と話す日々でも、調理師免許をもつ奥様の手料理と多彩な趣味に支えられ、「目も耳も、どこも悪くない」と笑う。
菓子のない時代の「さきイカ」がヒント
いまね、配達から帰ってきたの。1日何回か、こうやって三輪バイクで配達してるんです。バイクなんて、へっちゃら。大型2種の免許も持ってるし。空手も柔道もやってたし、検査してもどっこも悪くない。
このパン屋は父が開いたんです。父は長野の駒ヶ根の出身で、11人兄弟の6番目でね、口減らしじゃないけど、13歳のときに銀座の木村屋總本店に奉公に出たんです。で、20歳で自分の店を開いた。それが昭和10年のこと。3年後にここ追浜に移転。戦前は近くの横須賀ベースにパンを収めていたようですが、戦後は学校とか工場なんかに販路を広げたようです。
僕は次男だから、家を継ぐ気はなかったし嫌だったの。学校から帰ると手伝いがあるもんだから、ずっと学校にいたりしてね(笑)。長男が継いでたんだけど、途中で出ちゃったもんだから、おまえやれってことになって。僕は理数科系で機械が大好き。エンジニア志望だったから、しぶしぶでした。
ポテチパン(商品名はポテトチップサンド)はね、父親が金沢八景にあった海水浴場で、海の家をやってたんです。そのときに、食の安全という観点から傷まないパンを考えた。コッペパンにポテトチップスならば、しばらくおいても大丈夫だし、傷まない。うまいこと考えたもんです。これならパンが湿ることがなくて、パンもポテチもおいしくたべられる。その味を今も引き継いでいます。ポテトチップスはカルビーのうすしお味を使ってるんですけど、味の原点は、子供の頃、お菓子がない時代にさきイカに、砂糖と酢を合わせて煮たものを絡ませて食べてた、その味わい。食感と甘い、しょっぱいの味わいですね。
今の若い人たちはパン生地をストレート式で仕込むけど、うちは中種式という製法。前日に、小麦粉の一部、イーストパウダー、天然酵母でタネを仕込みます。温度調整しながら4〜5時間かけて仕込んだら、そのあと、小麦粉と卵とバターで追いダネをするんです。そして、また成形して発酵させて焼きます。発酵はサウナみたいな発酵室で乾燥させないように膨らませて焼き上げます。結構技術が必要なんですよ。
焼き上がったパンには、バターと洋辛子を混ぜて塗ります。和芥子だとおでんになっちゃうからね(笑)。自家製マヨネーズを塗ってポテトチップスを挟んででき上がり。パン生地が甘いから、ポテチと対照的な味わいでおいしいんです。マヨネーズも自家製だし、カツサンドに使うソースも自家製。自分で言うのもヘンだけど、これもいい味なんだよね。
パンはね、子供の頃からしみついた味。その味を感じる舌を壊したくないから、酒もタバコもやめた。僕、飲んだら1升なんて軽く飲めちゃうんだから。そしたら、飲めなかったブラックコーヒーが飲めるようになった(笑)。
ともかく、幸せですよ。
いま、商品として出しているパンはだいたい60種類ぐらい。結構あるんです。父の修業先が木村屋總本店だから、ポテチパンに続いて、あんパンも人気です。店売りと病院、介護施設なんかへの卸し、それから球場とかイベントね、この3本柱でいまやってるんです。店売りだけだと限界があるからね。横浜ベイスターズが横須賀スタジアムで試合するときは、300個ポテチパン持ってくんですけど、必ず完売しちゃう。
毎朝1時半から仕事。職人は全部で8名。朝は、といっても夜中だけど、1時半、3時、5時と時間をずらして出てきます。妻は8時半出勤。僕は営業は得意なんだけど、ソロバンが苦手(笑)。経理は妻がやってくれているので、ほんとうに助かってます。彼女は調理師の免許も持ってますし、料理が上手。昔はバトミントンやってて、背も高くてね、ソフィア・ローレンみたいだったの。素敵な人でしたよ(笑)。あ、今もね。
僕は朝目が覚めたら仕事、寝るのは夜の9時半か10時頃。朝はパンなんだけど、昼は妻手作りのお弁当。夜は6時頃食事をして、カーペンターズを聞いて、本を読む。2000ページの本も読む。詩吟は9段、民謡は5年やった。詩吟で公演したこともあるんだよ。
ともかく、ここまで夫婦揃って元気でやってこられて幸せですよ。パンのためにお酒を我慢したことで、自分ってすごいと思えてるし、我慢が一番大事。体の中にいろんな引き出しがあるけれど、いい引き出しを開けて悪い引き出しを開けない。それがいまの自分を築いてくれてる。
子供も孫も、とっても応援してくれてます。そのうち、誰かが「継ごうか」なんて言ってくれるんじゃないかと黙って待ってるところです(笑)。
毎日続けているもの
「ポテチパン」
◎北原製パン所
神奈川県横須賀市追浜本町1-3
☎︎046-865-2391
8:00 ~ 18:00
日曜休(年末年始を除く)
京急本線追浜駅より徒歩2分
■わが町の「生涯現役」ご意見・情報はメールで(info@r-tsushin.com)
(料理通信)
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