【連載】韓国出身の食のプロは、日本に何を見るのか?
第1回 広尾「HASUO(ハスオ)」
2026.02.16
text by Sawako Kimijima / photographs by Atsushi Kondo
35歳以下の若手料理人の発掘・応援を目的とする料理人コンペティション「RED U-35」。511名が応募した2025年の特記事項に挙げられるのが、韓国人料理人のランクインでした。9人で戦うセミファイナルに2名が進出。うち1名は最終審査まで進みました。
今、日本の飲食業界では、韓国出身の料理人が数多く働いています。「彼らは向上心が高くて、エネルギッシュ。かつてフランスやイタリアで日本人が競って経験を積んだ状況に似ている」と語る星付きガストロノミーレストランのシェフもいます。彼らは日本に何を求め、何を見ているのか? 日本を舞台に活動する韓国出身の食のプロたちの姿を4回シリーズで追います。
目次
連載第1回の主役は、東京・広尾の現代韓国料理店「HASUO(ハスオ)」オーナーシェフであるイ・ジョンジュンさん、同店スーシェフのイ・テヒョンさん。イ・ジョンジュンさんは2014年から断続的に日本で経験を積み、22年4月、「HASUO」のオーナーシェフに。イ・テヒョンさんは、16年にワーキングホリデービザで来日、21年に活動の場を韓国から日本へ。共に「RED U-35 2025」に出場し、イ・ジョンジュンさんはゴールドエッグ、イ・テヒョンさんはシルバーエッグplusに輝いた。「HASUO」は24年から3年連続でミシュランのセレクテッドレストラン、韓国政府農林畜産食品部と韓食振興院が推奨する「海外優秀韓国レストラン」(現在、世界で23店)でもある。
近い。でも違う。だから見えてくる
「RED U-35 2025」の応募テーマは「日本から世界へ」。ファイナリストになったイ・ジョンジュンさんは課題の作文で、醤油や味噌の日韓の製法の違いに触れながら、「違う文化の中で育った自分だからこそ、日本人には当たり前のことも、もっと上手く良さを発見でき、新しい使い方を見つけられると思う」と書いた。同じアジア圏に位置して、発酵文化をベースに持つなどの類似点を持つがゆえに浮かび上がる小さな違い。「“比較”は考える技法。差異を見つけることで問題点を発見できる」と語った文学者がいるが、違いに着目することで進歩と成長を遂げるとの主張である。
*メジュ 韓国の伝統的な「醤」の原料。蒸した大豆を潰して成形し、藁で吊るして発酵させる。自然界に存在する野生の菌を活用するため、仕上がりは不安定。メジュから醤油や味噌を作る。
このシリーズの取材にあたり、撮影用の料理を編集部からはあえて指定せず、「イ・ジョンジュンさん自身が紹介したいものを」と依頼した。すると用意されていたのはカンジャンケジャンとサムゲタン。彼は「HAJIME」「NARISAWA」「Reminiscence」などで研修し、「TIRPSE」や「MAGICAMENTE」で経験を積んでいる。韓国の定番ではない料理での撮影を勝手に想定していただけに、予想外の展開だった。「なぜ、カンジャンケジャンとサムゲタン?」と問うと、「日本の食材が優秀だから。韓国の伝統料理を日本の食材で作ると、韓国人も感動するクオリティになる。そこに自分なりのアレンジを加えるんです」との答えが返ってきた。
日本で店を営む理由
イ・ジョンジュンさんは、日本で店を持つ理由を3つ挙げる。1.食材、2.技術、3.マーケット、である。
まず、食材。「種類が豊富で、ひとつの食材にも様々な品種が揃う。加えて、探求心の強い生産者が各地にいる」。イノベーティブなモダンコリアンが次々と誕生して、ガストロノミーの活発化が著しい韓国だが、「食材の幅は狭く、こだわりの生産者が少ない」と言う。
「食材の幅の広さは、技術の多様さと直結している」と語るのはイ・テヒョンさん。「食材が多い分、必然的に技も知識も多くなる」。イ・ジョンジュンさんがトマトソースを例に説明してくれた。自分が作りたいトマトソースに最も適した品種はどれか? その品種の持ち味を引き出すには、どんな扱いが求められるか? どんな火入れをすべきか? それによってどんな味を表現できるのか? 品種の数だけ調理法があり、表現できる味は違ってくる。
イ・テヒョンさんがとりわけ食材と技術の関係が表れていると感じるのが、すしや焼き鳥。「魚の捌き方を学びたくて、韓国のすし屋で働いたことがあります。焼き鳥の炭火の火入れも学びたい」。つまり、調味に頼らずに料理の精度を上げる技と言っていいだろう。「食材だけで勝負する料理はむずかしい。どうしても調味に頼ってしまう自分がいる」。
「韓国は足し算、日本は引き算」、イ・ジョンジュンさんはそう指摘する。「韓国は調味を重ねて味を作る。対して日本は食材の選定や扱いで味を作り、そのプロセスすべてに然るべき仕事が要る。日本で働いてそれがわかった」
そして、3番目に挙げるのがマーケットの性格である。2人とも「韓国はトレンドに敏感で、流行に左右されやすい」と口を揃える。「僕は、日本の職人のように腰を据えてやりたい。だから、日本で店を営むんです」とイ・ジョンジュンさんが日本でオーナーシェフになった理由を締め括った。
日本のトップレストランでの学び
イ・ジョンジュンさんは日本語が堪能だ。アニメを入口として日本のカルチャーに興味を持ち、高校時代には趣味で日本語塾に通っていた。
フランス料理人を志すが、自国の文化の落とし込み方を学びたくて、日本へやってきた。ちなみに、日本の星付きフランス料理店で研修する韓国人の目的は「ジャパニーズフレンチ」の手法にあるらしい。いかに自分の足元の食材をフレンチの技法を使って独自の料理に仕立てるか、そのアプローチを学んで持ち帰る。
彼の日本での最初の研修は2014年の「HAJIME」。期間は3カ月と短いが、「料理人としての土台になった」と言って憚らない。「ミーティングで米田シェフが話をする。どんな話も料理に結び付けて語る。F1のピットインとレストランの厨房は同じチームワークが求められるとか。HAJIMEでの3カ月は、毎日、背が伸びる感覚があった」。人の背が伸びる時、その伸びはある程度の期間を経て計測可能となる。「でも、HAJIMEでは目に見えて伸びていると自分で感じていた」。次の研修店「NARISAWA」では、この店だけのために野草を摘んで送ってくれる人たちがいることに驚いた。「韓国で食材は市場で買うものだから」。食材との向き合い方を見つめるきっかけとなった。
一方のイ・テヒョンさんは、研修店を求めて、東京のミシュラン星付きフレンチとイタリアン全店(!)に履歴書を送ったという。返事の届いた「レフェルヴェソンス」と「エディション・コウジシモムラ」で研修した。特に忘れられないのが「レフェルヴェソンス」での経験。スタッフは驚くほどの熱量の持ち主揃いで、日々の仕事ではどんな食材もロスを出さない。鮎の骨と内臓を乾燥させて刻み、山椒を加えてふりかけを作ってゲストに渡すことに感動した。「あぁ、こういう店で働きたいと思った」と振り返る。
彼らの姿は映し鏡
「研修や修業を希望するメールやメッセージが毎日のように届くんですよ」と語るのは、東京・日本橋のミシュラン一ツ星フランス料理店「La Paix(ラペ)」の松本一平シェフだ。韓国からが多く、その比率は約4割を占める。
受け入れには、言葉や習慣の違い、経験値、技術の習熟度、ビザ、賃金、勤務時間など、考慮すべき点が多々あって、社会保険労務士に相談しながら判断するが、2025年にはHASUOのコンさんから紹介された韓国人ウ・ソンヒョンさんを1年間受け入れた。
「『技術を学べて経験を積めるなら、給料が少なくてもいい』と言われることもありますが、私たちは1年間雇用する以上、今の時代として最低賃金はきちんと支払うべきだと考えています。もちろん、技術があり、将来につながる可能性を感じる人材については、ビザの取得も含めて長く一緒に働いていきたいと思っています。フランスで多くの日本人料理人が活躍したように、現在の日本では、少しずつ韓国人料理人が様々な現場で活躍しています。彼らが将来、韓国へ戻り、日本で学んだ技術や文化を土台にしながら、新しい料理へと挑戦していく。その流れ自体がとても健全で、価値のあるものだと感じています。また、そうした環境は、私たち日本人スタッフにとっても大きな刺激になり、学びや進化につながる良い機会になっています」
コンさんは、日本の人材ビジネス企業で働いた職歴を持ち、労務・人事に関する法律や規則、手続きに詳しい。韓国からやって来る料理人も、彼らを迎え入れる日本の料理店も、労務に関する知識が十分でないケースが多いと感じるという。「La Paixのようなお店が増えてほしい。双方が気持ちよく働ける環境が醸成されるよう、日本で活動する韓国人料理人のネットワーク作りを計画中なんですよ」
「韓国からの研修者は勉強熱心。言葉も仕事も習得のスピードが速い。兵役で鍛えられた人材も多く、日本の若者と比べてメンタルが強い」というのが松本シェフの見方だ。イ・ソンヒョンさんも目覚ましい勢いで習熟度を上げた。ワーホリビザの期限を迎えて帰国したが、現在はソウルの人気レストラン「July」で職を得て頑張っている。「『今の店でポジションを確立したら、松本シェフを招いてコラボイベントを開きたい』と言ってくれています。春には一度、Julyを訪れてみようと思っています」
彼らが日本の飲食業界に見ているものこそ、日本の飲食業界の特質にほかならない。そう考えると、彼らはいわば映し鏡だ。彼らを知ることは、我々を知ることでもある。「韓国のレストランを度々訪れるのですが、日本で経験を積んだシェフも多く、彼らの料理にはどこか和が感じられる」という松本シェフの言葉は示唆的だ。「訪れる度に韓国のガストロノミーは進化している。これからもっと発展するでしょう」
技術を広げるほどに、アイデンティティは深まる
イ・ジョンジュンさんは「HASUO」を営むにあたって考えた――韓国に興味を持ってくれる日本人が多いにも関わらず、日本における韓国料理の現状には課題がある。今の韓国を反映したレストランが少ない。韓国料理のファインダイニングがない。日本の韓国料理をアップデートすることが、自分のミッションではないか? 「イノベーティブを目指していたけれど、次第に自分のDNAに刻み込まれた味覚を実感するようになってきたことも、店の料理を方向付けていると思います」
イ・テヒョンさんは2月末でHASUOから他店へ移る。見据える先は、「いろんな技術を身に着けて、最終的に表現するのは韓国の味。僕の舌に馴染んでいるのは韓国の味だから。フランス料理やイタリア料理では戦えない」。
技術を習得するほどに、アイデンティティを深めていく。グローバル化が進むほど、自分を見つめることになる。韓国と日本を股に掛ける彼らが教えてくれる。
◎HASUO
東京都渋谷区広尾5-10-3
☎03-6456-4377
ランチ 1部11:15~12:40/2部13:00~14:30
ディナー 18:00~22:00 (最終入店19:00)
火曜休、月・水はランチのみ営業
Instagram:@newkoreanhasuo
◎La Paix
東京都中央区日本橋室町1-9-4 B1F
☎050-3196-2390
ランチ 11:30~12:00LO 14:30CLOSE
ディナー18:00~19:00LO 22:00CLOSE
火曜休+不定期で月4回
関連リンク