海と人との「共生」とは。アラスカの選択と中国料理人の視点
ジャヌ東京「虎景軒」山口祐介シェフ
2025.12.18
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text by Michiko Watanabe / photographs by Atsushi Kondo
レストラン業界で環境意識が高まる中、「100%天然」を守り続けるアラスカの水産物にシェフたちの強い関心が集まっています。「銀だらは、昔はまかないの定番でしたが、いまや高級魚です」と語るのは、ジャヌ東京「虎景軒(フージン)」山口祐介シェフ。中国料理人として上海や杭州で経験を積み、海の食材と向き合い続けてきたシェフの目に、アラスカのシーフードはどう映るのか。資源管理を徹底し、次世代へ海の恵みをつなぐアラスカの漁業哲学を通して、海と人との「共生」を考えます。
目次
- ■“天然”シーフードのサンクチュアリ
- ■アラスカの漁業管理は「ゴールドスタンダード(世界の模範)」
- ■龍井(ロンジン)茶でふわりと燻す、アラスカ産銀だらの昆布締め
- ■石鍋で香る。アラスカ産銀だらの「蜜×胡椒」濃厚仕立て
- ■海の恵みを食べているという自負
“天然”シーフードのサンクチュアリ
アラスカシーフード、と聞いてピンと来ない方がいるかもしれない。
たとえば、銀だら。日常的に使っているが、どこ産かご存じだったろうか。多くは、北米の西側で漁獲されるが、アラスカ産のクオリティが高いとされているそうだ。
実は、アラスカは銀だらやスケソウダラ、縞ほっけ、紅鮭、にしんなどなど、“天然”シーフードのサンクチュアリなのである。
アメリカ合衆国第49番目の州であるアラスカは、合衆国随一、日本の4倍という広大な面積を誇り、さらに全土の32%を森林が占めるという雄大な自然に囲まれた地。その森が育んだ養分は、幅約1500kmという広大なアラスカ湾に注ぎ込み、清らかな海水に溶け込んで、大量の植物性プランクトンを生む。それが動物性プランクトンの餌となり、さらに小魚や甲殻類、そして大きな魚の餌となる。
つまり、大地からもたらされる養分に、クリーンな空気と冷涼な海流が加わることで、活発な食物連鎖へとつながり、豊かな生態系が培われてきたのである。
魚の養殖が州法で禁じられていながら、アラスカは世界最大の漁場と呼ばれ、全米のシーフードの水揚げ量の50〜60%を占めている。天然こそがアラスカ漁業のアイデンティティなのである。
アラスカの漁業管理は「ゴールドスタンダード(世界の模範)」
アラスカシーフードマーケティング協会のニコール・アルバさんが言う。
「地元漁師の多くは、二代目、三代目。天然のシーフードがかけがえのない財産であることをよく知っています。養殖を禁ずることで、アラスカの手つかずの海洋環境を守り、シーフードの品質を守り、それが自分たちの生業を守ることにつながり、ひいてはそれが次代へつなぐ取り組みともなると理解しているからなんです」
日本では水産資源の危機が叫ばれ、シェフたちの間でも「Chefs for the Blue」など、海洋資源を保持しようとする活動も盛んだが、アラスカはサステナブルシーフードの先駆者でもある。
1959年に発効した憲法で「アラスカ州の天然資源は、持続(保続)の原則において開発、活用、維持される」と明記され、豊富な漁場がもたらす恵みを、将来にわたって持続的に得ていくため、海に生きる漁師たちの間では、厳格な資源管理と保護の努力が、長きにわたって徹底されてきた。
たとえば、科学的データが資源の存続を脅かすと示せば、漁獲を大幅に制限することもいとわない。目先の利益や流通よりも「水産資源の長期的な存続」が優先される。生態系を守るために、漁場や漁期をクローズすることや、漁船の大きさや漁具の制限、特定の漁具の使用の禁止といった漁業規制も行っているのである。
龍井(ロンジン)茶でふわりと燻す、アラスカ産銀だらの昆布締め
では、実際にアラスカの天然シーフードはどういうものか。調理していただこう。
東京・麻布台ヒルズの中心に、「アマン」の姉妹ブランドホテルとして、2024年開業した「ジャヌ東京」。その5階にあるコンテンポラリーチャイニーズ「虎景軒(フージン)」料理長、山口祐介シェフにお願いした。シェフは「中国香彩 JASMINE」グループの総料理長を経て、香港、上海、杭州など、中国各地で経験を積んだ人物だ。
縞ほっけや紅鮭、赤魚など、アラスカ産の魚種の中から、山口シェフが選んだ魚種は、銀だら。
「銀だらは以前、よくまかないに登場したんですが、ここ10年ぐらいで一気に価格が上がり、高級魚になっています。日本では甘辛味の煮付けや西京漬けが人気ですけど、中国人も大好きなんですね。今では、中級以上の店のメニューには必ずといっていいほど入っていて、まるで中国人のほうがたくさん食べているようにも感じるほど。もしかしたら、日本が買い負けしているのでは、と思えてしまいます」
30㎝ほどの大きさの銀だらを5枚におろす。冷たい海で育まれたアラスカ産の銀だらは「たっぷりと脂がのっていて身が柔らかいので、適度に身を締めておきます」。脱水と旨味をのせるため、塩をしてから昆布で巻いて4時間ほどおいておく。
「杭州には銀だらではないのですが、イシモチを使った燻製料理があるんです」。杭州は緑茶の産地。中でも“中国緑茶の女王”と呼ばれるのが、ふくよかな香りと甘味をもつ、釜炒りの龍井茶(ロンジンチャ)だ。「龍井茶はエビとの炒めものが有名ですが、シーフードと相性がいい。イシモチと龍井茶の組み合わせもよく知られています。そのイメージで、銀だらをスモークしました」
中華鍋に龍井茶とザラメ、生米を入れて、昆布締めしたアラスカ産銀だらを軽く燻す。龍井茶特有のほのかな焙煎香とザラメのキャラメル香を纏わせたら、冷蔵庫で冷やしておく。
万能ネギ、生姜、胡椒、醤油、山椒油を合わせ、熱した太白胡麻油を合わせた青ネギのソースを敷く。その上にアラスカ産銀だらをのせ、仕上げに太白胡麻油に緑茶とほうれん草パウダーを合わせた緑茶油を回しかける。
「銀だらだけでもいいと思ったのですが、やはり強い味が欲しくなって、青ネギのソースを添えました」
ふっくらしたアラスカ産の銀だらが、昆布の旨味と中国の茶燻のスモーキーなニュアンスをまとい、口中に一段と複雑な香りが広がる。ネギや緑茶、山椒など、青い香りを生かしたソースの清涼感が余韻に残り、シンプルな見た目に反して意表を突くドラマティックな味わいだ。
「自分としては攻めた一品です」と山口シェフ。
石鍋で香る。アラスカ産銀だらの「蜜×胡椒」濃厚仕立て
次なる一品は「蜜椒乾蔥焗銀鱈魚(アラスカ産銀だらの蜂蜜黒胡椒ソース炒め-香味野菜の石鍋仕立て)」。
「先程の料理とは打って変わって、中国料理らしい炒めものです。銀だらにぴったりのインパクトのある味つけ。緑と赤の唐辛子で彩りを添えています。今、広東料理で流行っているのが、香味野菜を敷いた上に魚介などをのせて蒸し焼きにするスタイル。それをアレンジしました」
調理の根底にあるのは、古典的な「姜葱焗(ジャンツォンジュィ)」という広東のネギと生姜の風味を効かせた蒸し焼きの調理法だが、素材本来の味を生かしながら多彩な香りの層を加えるという目的で、今の料理人たちにモダンな形で採用されているのだそうだ。
ホムデン(小さな紫玉ねぎ)とニンニク、生姜は180℃の油でこんがりキツネ色に揚げる。鍋に油少々を入れ、揚げたホムデン、ニンニク、生姜を炒めて醤油で調味し、石鍋に敷く。
昆布締めにしたアラスカ産銀だらと白麗茸(あわび茸)は一口大に切り、水溶き片栗粉をまとわせて時間差をつけて揚げる。
中華鍋に蜂蜜、オイスターソース、たっぷりの黒胡椒、醤油、中国醤油を合わせて、さらに、揚げた白麗茸、アラスカ産銀だらを加えて炒めたら、石鍋に移し、直火にかけて香りを出し、1㎝長さに切った青と赤の唐辛子を加えて仕上げる。
ホムデンの香ばしい甘さ、揚げた食感と、蜂蜜とオイスターソースの濃厚な中に、一瞬の青い香りを走らせる唐辛子の清涼感。ガツンと味わい深い一品である。
対照的な2品だが、共通するのは、昆布締めという和の下処理だ。
「アラスカ産の銀だらは身の柔らかさ、脂をどう生かすかがポイントです。極寒の自然環境で蓄えられた脂の旨味、甘味を引き出しながら、素材の存在感に負けないパンチの効いた味付けがテッパン。西京焼きや照り焼きなど漬け込むことで身を締めつつ味を入れる、昔ながらの銀だらの調理法は、やはり理に適っていたんだなと改めて認識しましたね」
海の恵みを食べているという自負
「最近でこそ、少し流通がよくなってきましたが、中国の内陸の人は一生、海を見たことがない人がたくさんいたと言われています。魚といっても川魚を食べてきた人が多い。彼らの中には『海の魚は味がない』という人もいます。逆に、東シナ海に面した地域の人たちは、(大きな中国の中では)ほんの一部の人たちですが、ずっと海の幸を食べてきたという自負がありますから、鮮度にこだわる。エビも蟹も生きたものしか食べないんです。おもしろいですよね」
中国大陸では、内陸部を中心に、淡水魚を主な動物性タンパク源としてきた地域が広い。対して、沿岸部で海産物を日常的に食べてきた人にとっては、海は恵みの象徴。それだけに鮮度のよい海産物を口にすることに格別の誇りがあるのだという。
「翻って、これだけ海に囲まれた日本はどうなのでしょうか」と語る山口シェフ。「果たして今の日本人が、その恵みの尊さ、価値を正しく認識して食べているのだろうかと考えることがあります」
どの国、地域でも海はただの食材の供給源ではない。人の営みと一体となって生きる存在であり、その健全さが私たちの食の礎を支えている。
「温暖化や気候変動で、日本の魚の多くが手に入りづらくなっているいま、厳格な資源管理で供給されるアラスカの安定した恵みを料理で表現することは、島国に住む私たちが、四方を囲む海の現状と未来について、もう一度深く考えるきっかけになると感じています」と山口シェフ。
シーフードを通して、目の前に広がるアラスカのピュアな海に思いを馳せる。五感に響くおいしい料理を食べることで、サステナブルな漁業について意識を向ける。ひとりひとりの海への意識は自然と変わっていく。
アラスカもかつて海洋資源の減少を経験したことで、未来に続く漁業へ舵を切った。世界的に海洋資源の枯渇が危機感を増していく中で、安定した品質と供給が約束されたアラスカ産は、料理人のクリエイションにとって極めて頼もしい存在だ。
ピュアで健全な海の恵みを味わうことは、人が海と共に生きるという選択そのもの。私たちが選びうる、未来に向けた「共生」のひとつのかたちといえるのではないだろうか。
◎虎景軒(フージン)
東京都港区麻布台1-2-2 ジャヌ東京 5F
☎050-1809-5550
11:30~15:00(平日14:00LO / 土曜、日曜、祝日は14:30LO)
17:30~22:00(21:00LO)
◎アラスカシーフード特別メニュー
2026年1月13日(火)~3月9日(月)「アラスカ産銀鱈の蜂蜜黒胡椒ソース炒め―香味野菜の石鍋仕立て」をアラカルトにて期間限定で提供します。どうぞご賞味ください。
◎アラスカシーフードマーケティング協会
https://japanese.wildalaskaseafood.com/
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