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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

77歳。「孫がうちの屋号を継ぐと言うた時は、涙が出た」

生涯現役|高知市「掛水鮮魚店」掛水 すが

2025.12.15

text by Kasumi Matsuoka / photographs by Taisuke Tsurui

連載:生涯現役シリーズ

世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。


掛水 すが(かけみず・すが)
御歳77歳 1948年(昭和23年)11月12日生まれ

高知県高知市生まれ。桂浜で板前をしていた夫と出会い結婚。1972年、夫婦で掛水鮮魚店を創業し、50年にわたって切り盛りする。今年6月、店を移転し、屋号を継いで居酒屋を営む孫とともに揚げ物を継続。息子夫婦、孫と三世代で同居中。子ども2人、孫5人、ひ孫5人。

(写真)芋天を揚げる掛水すがさん。チャーミングな笑顔に引き寄せられるように、客が一枚、また一枚と揚げたての芋天を買っていく。一緒に店を切り盛りする孫の勇臣さん(29歳)いわく、「祖母は優しい人」。祖父母の姿を見て料理の道に進んだ勇臣さんは、社会人になり、居酒屋などで働いたのち、「自然とこの屋号を継ごうと思えた」。「(祖母にはまだまだ)やってもらわな、店が回らん」との言葉に、すがさんが嬉しそうに笑う。現在は居酒屋と惣菜販売だが「鮮魚店」なのはご愛嬌。


芋天(¥250)。170度の高温で、揚げ時間は10分弱。針をさしながら火の通り具合を確認しつつ、衣がきつね色になった頃をみはからって取り出す。芋は鳴門金時やシルクスイートなど、時期ごとに出回るものを市場で仕入れる。塩、砂糖、水、天ぷら粉を混ぜる衣は、甘めで分厚い仕上がり。近隣を通る学生に人気のストリートフードでもある。  

学生さんのお腹の足しにと
店の前で天ぷらを始めました

うちの芋天、大きいでしょう。お客さんから、「わらじ(サイズ)のお芋」って言われゆう。芋の大きさはそれぞれ違うき、天ぷらの大きさを調整するために、2枚重ねて揚げるのは昔から。部活帰りの学生さんをはじめ、いろんな方に親しんでもろうてます。

大阪の海老料理店で修業して、桂浜(高知市の観光名所)で板前をしよった主人と、夫婦で掛水鮮魚店を始めたのは1972年。私が23歳、主人が28歳のときです。食品会社に務める夫の兄から「やってみたら」と勧められたのがきっかけでね。地域の人からは「若いのにようやるかね」と言われながらも、よう可愛がってくれてねえ。

年末年始は皿鉢料理(刺身、寿司、揚げ物などを盛り合わせた高知の郷土料理)も作りよったき、忙しかった。あの頃は、3日寝ずに料理したこともある。忙しい時は、家族や友達、地域の人も手伝いに駆けつけてくれてね。成り行きまかせで必死やったけど、いろんな人に助けてもろうて、ここまでやってこられました。

店先で揚げ物を始めたのは、昭和から平成になる手前ぐらいのこと。近くに学校があったき、何か学生さんのお腹の足しになるようなものをと考えたのが最初。それが呼び水になって、ありがたいことに年がいくほど忙しゅうなってきた。

50年やって慣れ親しんだ場所と離れて、新しい場所に移転したのが、この6月のこと。居酒屋を営み始めた孫に掛水鮮魚店の暖簾を譲って、私は孫の店の前で揚げ物をしゆう。孫が屋号を継ぐと言うた時は、涙が出た。必要と思ってもらえるなら手伝いたいし、「もう仕事せんでえい」と言われる方が寂しい。主人は今は病気の影響で仕事するのが難しくなってしもうたけど、私はまだ元気やき、できることをしながら孫の助けになれたらえいなと思いゆう。

朝は6時に起きて、主人と朝食。朝はご飯とパンを交互に食べゆう。
ご飯の時はおじゃこが定番、パンの時はサンドイッチにヨーグルト、牛乳、コーヒー。その後、主人をデイサービスに送ってから、11時頃まで、孫がやりゆう宅配弁当の手伝い。それが終わると、昼頃に店に来て、揚げ物を開始。

昔は芋天の仕込みは主人やったけど、今は孫がやってくれてます。昼は孫が作った弁当を食べる。それから17時頃まで店におって、その後帰宅。夜は23時頃に寝ます。

元気の秘訣? やっぱりお客さんとの会話やないろうか。いろんなことを教えてもらえるし、長い付き合いになる人もおる。世間話するのも楽しい。とにかく「やめる」という考えがよぎったことは一度もないがよ。商売やき、浮き沈みがあるけど、沈んでも頑張ってやりよったらなんとかなるろうという気持ち。

この地域の人もみんな優しくて、魚を釣って届けてくれる人もおったり、助けられゆう。今も昔も、お客さんあってこそ。それで家族で助け合って、自分たちができることをやっていけたら、それが一番。孫の店も、孫の妹が寿司作りを手伝い始めたり、息子夫婦(孫の両親)が日中の仕事を終えてから夜の営業の助っ人に来たりと、家族総出でやりゆう。私も必要とされるうちは手伝いたい。そうやね、85歳までは頑張りたいね。



毎日続けているもの「芋天

◎掛水鮮魚店
高知県高知市1206-5
☎090-9450-7417
店頭販売 11:30~17:00 日曜休
居酒屋営業 18:00〜22:00 月曜、日曜不定休
JR四国土讃線円行寺口駅より徒歩20分

■ご意見・情報はメールで(info@r-tsushin.com)

(料理通信)

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