

「目出度目出度の 若松様よ……」。寺田本家の蔵の中で、蔵人たちが朗々と唄う仕込み唄。こうした仕込み唄は、かつてはどこの酒蔵でも唄われていたという。時代の流れとともに、蔵における仕事の効率化や機械化が進み、仕込みの際にこのような唄を唄う蔵も、いつしか少なくなってしまった。しかし、寺田本家では、数年前、機械に頼らない手仕事による酒造りを復活させたとき、蔵人たちが自然とこの仕込み唄を唄うようになったという。
杜氏の出身地によって仕込みの流派が異なるため、それに合わせて唄われる仕込み唄も、メロディや歌詞が変わってくる。ちなみにこの蔵で唄いつがれてきた仕込み唄は丹波流*になる。
ここで紹介する仕込み唄は、生酛造りにおける酛摺り(山卸し作業)の際に唄われるもので、「酛摺り唄」とも呼ばれている。
寺田本家で唄われている仕込み唄は、この「酛摺り唄」に加えて、「留仕込み唄」がある。ちなみに日本では、こうした仕込み唄に加えて、農家、職人、漁師等、手仕事を行う人々によって唄い継がれてきた仕事唄があったらしい。
この「酛摺り唄」にはどんな意味があったのだろうか?
「深い意味はないと思いますが、目出度い歌詞を並べて、冷たい水仕事や、夜中の作業などの、つらい仕事を忘れようとしたのではないでしょうか」と、藤波杜氏は言う。確かに歌詞を眺めてみると、松、鶴、亀など目出度い言葉が並んでいる。
「6番までは丹羽流の『酛摺り唄』そのままですが、全作業時間に比べると短すぎるので、7から15番までは私がつくりました。『地酒』を造る想いを神崎の風景と重ね合わせました」と、藤波杜氏が教えてくれた。
そう、この仕込み唄は、作業時間の目安となる時計のような働きも果たしているのだ。杜氏は、その日の条件をみながら作業の長さを決めて、唄の長さも変えていくそうだ。さらに杜氏は、歌声から、広い酒蔵でいろいろな場所に散らばって作業を進めている蔵人たちの様子を伺い知ることもできる。
さまざまな土地から集まった蔵人たち。声を合わせてひとつの唄を唄うことで、心が一つになり、仕事にリズムも生まれ、さらには酒造りの微生物と響き合う。
「楽しくお酒を造ることで微生物と響き合い、蔵のお酒にも楽しい気が伝わり、そんな楽しい気の詰まったお酒を飲むと、飲んだ人にもその場にも楽しい気が満ちてくるのです」と蔵人たちは言う。
丹波流:丹波出身の杜氏集団のこと。ただし、寺田本家の杜氏である藤波良貫杜氏は丹波流ではなく、無所属になる。

合田昌弘―写真
